写真で見る玉川学園の歴史⑥ 1951年~1955年

2019.11.13

私立学校法により、財団法人玉川学園から学校法人玉川学園に移行。オール玉川での「音楽祭」や「玉川の集い」、「玉川学園自由研究展」などが開催された。

1.1951(昭和26)年

出来事
221 私立学校法により、財団法人玉川学園から学校法人玉川学園に移行
26 第1回オール玉川音楽祭開催
412 レイモンドヒル植林記念式
5  農学部蜜蜂研究室完成
710 第2回オール玉川音楽祭開催
  中学部、勝山臨海学校
825 「玉川こども百科」(全100巻)第1巻刊行。幼稚園児から小学校低学年生対象の百科辞典は、当時類例のないものであった。1960(昭和35)年12月、遂に100巻目を刊行
914 小学部、夏期休暇自由研究作品発表会開催
15 久志高等学校の生徒たちが第1回修学旅行で来園
  長野・栃木方面にて音楽、体操、演劇公演
玉川こども百科
玉川こども百科
夏期休暇の自由研究「蝉の研究」
高等部の理科の授業
100日祭に秩父宮殿下の墓前に唱う学生たち

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2.1952(昭和27)年

出来事
29・10 「玉川の集い」を読売ホールにて開催。学校劇「塾の四季」の上演や音楽、体操、舞踊の発表
310 玉川大学第1回卒業式
4  「玉川学校劇集」の中の岡田陽作『すずらんの鐘』が映画化。監督・脚本は若杉光夫で、本学生徒が多数出演
  • 『全人』第34号(昭和27年6月5日発行)の小原國芳の「身辺雑記」には次のような記載がある。

    「岡田君の『すずらんの鐘』が昨年中、日本の学校で一番演ぜられたというので、新教育映画会社の手で撮影することになって、丁度、桜満開の学園の桜並木、池、丘、竹林、杉の森、雑木林、芝生、畑、…を利用して、小、中、高、大学までの、みんなの出演。殊に、美しいコーラスが方々ではいって、とても、いいものが出来ました。」

  • 『全人』第37号(昭和27年9月5日発行)の「編集室」の中に次のような記述が見られる。

    「八月七日 かねてお知らせ致しましたように、岡田陽先生の玉川学校劇集の中の『すずらんの鐘』が玉川学園の生徒と合唱団の出演で映画化されましたが、この夜スクーリング生や住宅地の方々のために講堂に於いて上映されました。」

65~19 加古川市より中学生15名が、中学部に2週間留学
29 お茶の水中央講堂にて開催の関東合唱祭に参加
82~22 小原國芳学園長、沖縄、奄美大島にて講演と教育視察
10  新潟地方にて音楽、体操、演劇公演
119 学生音楽コンクール関東大会に参加。高等部2年生の村上明美さんがピアノ部門で第1位。高等部3年生の稲葉千秋さんが声楽部門で第3位に入賞
18 日比谷公会堂において開催されたキリスト教合唱大会に玉川合唱団が出場、メンデルスゾーンの『エリア』、ノイコムの『サンクトス』を歌い、NHKがそれを録音
12  山形地方にて音楽、体操、演劇公演
玉川の集い
玉川の集いでの学校劇「塾の四季」
玉川の集いでの体操
玉川大学第1回卒業式
映画『すゞらんの鐘』
中学部の美術の授業
小原國芳学園長とともに労作
薪割り労作

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3.1953(昭和28)年

出来事
27・8 「芸能教育発表会」(玉川の集い)を有楽町読売ホールにて開催。学校劇「思うようにならない劇-蜜蜂ブンチの話」を上演
53 玉川学園同窓会第1回総会を開催
5 小原國芳の「少年の頃」が文化放送より放送
10 1950(昭和25)年5月から刊行された第2次「玉川児童百科大辞典」全30巻が完結
63 チンメルマン博士が3度目の来園(~9月1日)
5 童話作家である浜田広介氏を迎え、学校劇「泣いた赤鬼」を上演
24 放送学校劇「泣いた赤鬼」がラジオ東京より放送
71 アメリカンスクールの校長50数名が来園
12 日本青年館ホールで行われた「玉川の集い」で「長いクリスマスディナー」を上演。また、しばらく途絶えていた「第九交響曲」の終楽章を、玉川の学生・生徒の合唱、国立音楽大学の管弦楽、岡本敏明の指揮で演奏
107 ラジオ東京による岡田陽作、本学生徒出演作品「ぼくらの学園日記」の3か月連続放送が開始
  • 『全人』第50号(昭和28年10月5日発行)に予告として次のような記述がある。

    「ラジオ東京で玉川学園が、学校劇を連続放送いたします。岡田陽作、岡本敏明作曲、玉川学園出演『学園日記』(玉川学園の子供たちの生活を劇化したきれいなドラマです) 十月七日(水)から毎週水曜日に午後五時十分から五時四十分まで、十一、十二月の三月間十三回連続放送いたします。」

10 日比谷公会堂で開催された「新国民歌」発表会において、中学部教諭の西崎嘉太郎の曲が第一位となり、その披露のために東京交響楽団の伴奏で、高等部生が合唱
  • 『全人』第51号(昭和28年11月5日発行)に「新国民歌に当選された西崎君のプロフィル」という岡本敏明の文が掲載されている。

    「新国民歌の懸賞募集に応募三千余篇に上る曲の中から、山田耕筰、諸井三郎、堀内敬三諸先生の審査によって、わが中学部の西崎嘉太郎先生が見事一位の栄冠をかち得られた。(中略)十月十日、東京日比谷公会堂で三千の会衆を前に、東京交響楽団の伴奏で、玉川学園の教え子三百名の大混声合唱団によって披露され、三千人の歌唱指導が行われた。」

1224 ラジオ東京のクリスマス番組「子供の四季」にて、本学園を取材した内容を放送
学校劇「思うようにならない劇-蜜蜂ブンチの話」
学校劇「思うようにならない劇-蜜蜂ブンチの話」終了後のカーテンコール
第2次玉川児童百科大辞典
ラジオ東京より放送された「泣いた赤鬼」
アメリカンスクール校長先生たちが舞踊観賞
アメリカンスクール校長先生たちと懇談
日本青年館ホールで行われた「玉川の集い」での「第九」終楽章の演奏
学校劇「長いクリスマス・ディナー」
ラジオ・ドラマ「ぼくらの学園日記」
チンメルマン博士、3回目の来園時、ラジオ東京(現在のTBSラジオ)放送の合間に
チンメルマン博士、3回目の来園時、ラジオ東京(現在のTBSラジオ)放送の合間に
第25回総合大運動会
第25回総合大運動会
新国民歌
森の学習

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4.1954(昭和29)年

出来事
26・7 「第四回玉川芸能教育発表会」(玉川の集い)を日本青年館ホールにて開催。学校劇「貝の火」を上演
27 デ・ポーア合唱団の3名の方々が来園
329 通信教育部第1回卒業式
422 小学部の子供たちが文化放送の「みんなのメロディー」という番組に出演。本学講堂(礼拝堂)にて録音
  • 『全人』第57号(昭和29年5月5日発行)の「学園日記」に次のような記述がある。

    「四月二十二日 おひるから文化放送の録音がありました。講堂でありました。みんなのメロディーという番組でクイズと合唱でした。四年以上の人がみんなゆきました。私はクイズの解答者に出ることになりました。聖山でお昼をたべているとき先生からヒントを教えてもらいました。中村メイコさんが来て始まりました。(後略)」

54 デンマーク大使一行来園
6  富山、石川地方にて小原國芳の講演。講演後、学校劇「夕焼けの子」を上演
713 高等部、総合オリンピック始まる。第1回高等部合唱コンクール開催
  第1回舞踊勉強会を礼拝堂にて開催
7・8  臨海学校を実施。小学部は伊豆の大瀬海岸、中学部は下田の柿崎海岸、高等部は佐渡の河原田海岸
1122 文化芸能隊、岡山地方へ音楽、体操、演劇公演に出発(12月2日まで)
25 高等部で弁論大会を開催
1220 中学部で英語会を開催
学校劇「貝の火」
学校劇「貝の火」
学校劇「夕やけの子」
学校劇「鉛の兵隊」
玉川の集い
玉川の集い
玉川の集い
通信教育部第1回卒業式
デンマーク大使一行来園
玉川教育研究会(6月17日~19日)
玉川池でのアイススケート
幼稚部リトミック(舞踊教室にて)
小学部の飼育労作

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5.1955(昭和30)年

出来事
129・30 「玉川の集い」を日本青年館ホールにて開催。学校劇「ピーターパン」を上演
317 改正教育職員免許法による小学校・幼稚園の教員免許が認可(文学部教育学科)
23 岡田純子指導の玉川学園舞踊自由研究クラブを中心とした第2回舞踊勉強会を新宿伊勢丹ホールにて開催
43 アンデルセン生誕150年祭。秩父宮妃殿下、デンマーク公使が来園
30 小原國芳学園長、欧米教育視察に出発(~7月4日)
  ジョン・デューイ夫人が講演と教育研究視察のために来園
71 高等部、生徒会報「玉川東陵新聞」創刊
820 ダラム・シン氏(インド文部省の元視学官)が来園
911 小原國芳学園長、帰国講演会
109 体育祭で中学部生のタンブリングが始まる
22 第10回関東合唱コンクール(大学の部)にて混声合唱第1位、総合第2位。戦後初の合唱コンクール参加
1117 中学部、高等部、明治神宮競技場にて開催の第1回私学祭に参加
127 日比谷公会堂で行われた東京フィルハーモニー交響楽団の演奏会「第九交響曲」に出演(指揮は山田和男)
17・18 全学園参加による第1回玉川学園自由研究展開催
学校劇「ピーターパン」
学校劇「ピーターパン」
礼拝堂の舞台にて、秩父宮妃殿下(中央)、ブック領事夫妻(左)、クルーゼ公使夫妻(右)
アンデルセンに扮した大学生に花束を渡すデンマークの少女
秩父宮妃殿下と小原國芳
秩父宮妃殿下をご案内する小原國芳
アンデルセン劇を観劇される秩父宮妃殿下とクルーゼ公使夫妻はじめデンマークの方々
デンマークのお客さま
小学部の美術教室をご参観
小学部の音楽の授業をご参観
小原國芳学園長、欧米教育視察 メルツの技芸学校(ドイツ)にて
玉川学園自由研究展
玉川学園自由研究展・農学部農学科
玉川学園自由研究展・文学部英米文学科
玉川学園自由研究展・化学の実験
玉川学園自由研究展・自動車の研究
玉川学園自由研究展・バイオリンの製作発表
玉川学園自由研究展・幼稚部の落ち葉のデザイン
中学部生の建築労作

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参考文献

  • 小原國芳監修『全人教育』 玉川大学出版部
    第26号(1951年)、第27号(1951年)、第28号(1951年)、第34号(1952年)、第37号(1952年)、第39号(1952年)、第40号(1952年)、第43号(1953年)、第47号(1953年)、第48号(1953年)、第50号(1953年)、第51号(1953年)、第53号(1954年)、第55号(1954年)、第57号(1954年)、第58号(1954年)、第59号(1954年)、第60号(1954年)、第68号(1955年)
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史(写真編)』 玉川学園 1980年
  • 玉川学園編『写真集 小原國芳 信』 玉川大学出版部 1978年
  • 玉川学園編『玉川教育―玉川学園三十年―』 玉川大学出版部 1960年