デンマーク研究

2020.11.11

1950(昭和25)年に、「ニルス・ブック氏70歳誕生記念祭」を玉川学園で開催。記念祝賀祭、記念芸能発表会、デンマーク研究展、デンマーク文化講演会など、玉川学園挙げての行事が行われた。それに伴って、小学1年生から大学生に至るまで全学園が約2か月の期間をかけてデンマーク研究に取り組んだ。

1.小原國芳とデンマーク体操

1931(昭和6)年、創立者小原國芳は、玉川学園の児童・生徒の健康教育を推進するため、デンマーク・オレロップ国民高等体操学校(現・オレロップ体操アカデミー)の創始者で、デンマーク体操(基本体操)の考案者でもあるニルス・ブック氏と一行26名を日本で初めて招聘した。ニルス・ブック氏と一行は、玉川学園等でデンマーク体操を披露した後、秋田から福岡まで日本全国40数か所をまわり、約48日間にわたって実演と講演を行った。その結果、ラジオ体操にもデンマーク体操の一部が取り入れられるなど、日本の体操界に大きな影響を与えることとなった。そして、玉川学園には、東洋で唯一のデンマーク体操の分校が設置された。

来日したニルス・ブック氏
来日したニルス・ブック氏一行
玉川学園グラウンドでの歓迎デモンストレーション
ニルス・ブック氏と小原國芳夫妻

小原邸でのニルス・ブック氏一行

小原國芳が何故、ニルス・ブック氏一行を招聘したのか。「現在世界の体育・体操家のなかで一番の指導者は、デンマークのニルス・ブック氏である」と聞いた國芳が、4年後の1931(昭和6)年に欧州教育行脚を敢行した際にオレロップ国民高等体育学校を訪問。そこで自身もデンマーク体操を体験し、デンマーク体操が理想を具現化させるために不可欠な要素であると直感。ブック氏に体操団を引率して、日本に来てくれるよう懇願したのであった。

オレロップを訪ねた小原國芳夫妻

2.玉川学園とデンマーク

1950(昭和25)年に「ニルス・ブック氏70歳誕生記念祭」を玉川学園で開催。1954(昭和29)年にはデンマーク大使一行が来園。翌1955(昭和30)年には「アンデルセン生誕150周年記念祭」が開催され、デンマークのお客さまが多数来園した。

1950年「ニルス・ブック氏70歳誕生記念祭」式典

1954年デンマーク大使一行が来園

1955年アンデルセン生誕150周年記念祭

1970(昭和45)年には、体育海外研修団32名をオレロップ高等体操学校創立50周年式典に派遣。

オレロップ国民高等体操学校創立50周年式典に参加
オレロップ国民高等体操学校創立50周年式典に参加

さらに青少年の心身の健全なる発達を願って、1975(昭和50)年には約1か月間にわたり、デンマーク体操チームを日本に招聘。招聘したのは、デンマーク・オレロップ体操チーム招聘委員会ではあったが、会長が玉川学園総長であった小原國芳、委員長が玉川大学学長であった小原哲郎、実行委員会委員長が玉川大学教授だった橋本道だった。

オレロップ体操チームが体育祭の開会式に参加

大体育館でのオレロップ体操チームの演技

大体育館でのオレロップ体操チームの演技

小原國芳とともに首相官邸に三木首相を訪問するオレロップ体操チーム

1980(昭和55)年、小原哲郎が招待されてオレロップ国民高等体操学校の創立60周年祭とニルス・ブック生誕100年祭式典に参加。玉川学園ではそれ以降もデンマーク体操の講習会を頻繁に開催するとともに、体操教員をデンマークに派遣。また、デンマーク・オレロップエリートチームが来日したり、オレロップ国民高等体操学校の「東洋分校」80周年記念として記念体育館入口前にニルス・ブック像を建立。このように玉川学園とオレロップ国民高等体操学校の友好関係は現在も強い絆で結ばれている。なお、本学の体育祭で発表される体操は、デンマーク体操を基本としている。

記念体育館入口前のニルス・ブック像

1975(昭和50)年、小原國芳にデンマーク国よりダンネベルク勲章のコマンダー章が授与された。1984(昭和59)年には、小原哲郎が同じくダンネベルク勲章のナイト章を受章。この勲章は、玉川学園がデンマーク国と、多年にわたって多方面での協力関係を持ちつづけ、デンマーク文化を日本に紹介した重要かつ実りの多い功績に対して贈られたものである。

ダンネベルク勲章を授与される小原國芳
ダンネベルク勲章

ダンネベルク勲章叙勲祝賀会での
デンマーク大使夫妻やニールセン理事長など

3.ニルス・ブック氏70歳誕生記念祭

1950(昭和25)年6月18日に、「ニルス・ブック氏70歳誕生記念祭」を玉川学園で開催。記念祝賀祭、記念芸能発表会、デンマーク研究展、デンマーク文化講演会など、玉川学園挙げての行事となった。記念祝賀会は、駐日デンマーク公使夫妻をはじめ数百名の来賓を招いて午前11時より行われた。会場の礼拝堂には、日丁両国の国旗の間にニルス・ブックの大きな肖像画、そして「外で失ったものを、内でとりかえせ」というデンマーク国の父と呼ばれたグルンドウィのスローガンが掲げられていた。午前の祝賀会に引き続き、午後は一部と二部に分けて記念芸能発表会を開催。一部は体育館にて基本体操、整美体操、複合体操、巧緻体操、棍棒体操、二部は礼拝堂にて英語劇「ハムレット」、舞踊「春の牧場」、音楽「デンマーク・アメリカ・イギリス・ドイツ・日本の民謡、ハレルヤコーラス」、アンデルセン劇「眠りの精」の発表が行われた。この催しは単なる記念祭、あるいは玉川体操(デンマーク体操)のみの発表会ではなく、小学1年生から大学生に至るまで全学園が約2か月の期間をかけ、デンマーク文化研究という主題に取り組んだ総合学習の発表の場であった。

「ニルス・ブック氏 70歳誕生記念祝賀祭」プログラム
「ニルス・ブック氏 70歳誕生記念祝賀祭」プログラム

4.デンマーク研究

上述の通り、小・中・高・大学の全学が共にデンマークに関する特別学習を実施。このような全学園をあげて取り組む総合学習は、戦前の1940(昭和15)年に行われた「満州研究」と「南洋研究」に次いで3回目であった。

満州研究
デンマーク研究
デンマーク研究
デンマーク公使を迎えて

デンマーク研究発表会について、『全人』第849号(玉川大学出版部発行)の「故(ふる)きを温(たず)ねて」に次のような記述がある。

高等部校舎(当時)を会場にし、小学生はアンデルセン童話の絵や人形づくり、中学生はアンデルセン作『眠りの精』の劇発表や地勢模型図制作、高校生は産業や経済、大学生は農業の概要発表等と多彩な発表会になり、お互いに刺激を受けただろう。もちろんデンマーク体操の発表も行われた。
この活動には各部教員も参加し、2日後に礼拝堂で催された大学主催による文化講演会の発表者は全員が大学教員(『玉川教育 第三號』)で、まさしく全学あげてのデンマーク研究発表会になった。
発表会当日はデンマークのチルリット公使ら在京デンマーク人が20数名、国内のデンマーク体操関係者、大勢の保護者も来園した。戦後、日本の国際社会への復帰がまだ認められていない時分、デンマークの方々と交流を深められた1日になった。「世界が、こんなに、どこまでも仲よくなれたら」と小原國芳が感慨深げに述べている。

デンマーク研究作品展
デンマーク研究作品展

参考文献

  • 小原國芳監修『全人』  玉川大学出版部
       第16号(1950年)
  • 小原國芳監修『全人教育』  玉川大学出版部
       第253号・第255号(1970年)、第316号(1970年)
  • 小原哲郎監修『全人教育』  玉川大学出版部
       第436号・第437号・第438号(1984年)
  • 小原芳明監修『全人』  玉川大学出版部
       第759号(2012年)
  • 小原國芳「私の体操史」(橋本道著『基本体操』玉川大学出版部 1970年 に所収)
  • 石橋哲成「小原國芳の健康教育とデンマーク体操 -ニルス・ブック一行の招聘から80年目にあたりて-」(『玉川学園・玉川大学 体育・スポーツ科学研究紀要』第12号 玉川大学学術研究所 2012年 に所収)
  • 三橋文子「玉川学園とデンマーク体操」(『全人』第.627号 玉川大学出版部 2002年 に所収)
  • 白柳弘幸「故きを温ねて」(『全人』第849号 玉川大学出版部 2020年 に所収)
  • 『デンマーク・オレロップ国民高等体操学校東洋分校 設立80周年記念 ニルス・ブック像 除幕式』パンフレット 2011年
  • 『デンマーク・オレロップ体操チーム招聘報告書』 デンマーク・オレロップ体操チーム招聘委員会 1976年