1991(平成3)年の玉川

2021.10.07

共通校舎(玉川学園講堂・視聴覚センター・器楽教室)竣功。玉川学園講堂竣功記念演奏会を開催。新設の農学部温室4棟が完成。英国のロンドン大学への留学制度が発足。日本人初の宇宙飛行士となった秋山豊寛氏(玉川学園OB)による特別講演「宇宙と夢」を礼拝堂で開催。

玉川学園 世界の主な出来事
41 小原芳明が玉川学園副園長ならびに玉川大学・玉川学園女子短期大学副学長に就任

1月17日
多国籍軍のイラク空爆開始により湾岸戦争が勃発

1月19日
登山家の田部井淳子氏が女性として世界初の六大陸最高峰の登頂に成功

4月1日
東京都庁が丸の内から西新宿に移転し、新東京都庁舎開庁

5月14日
横綱の千代の富士関が通算1,045勝という記録を残して現役を引退

6月3日
長崎県の雲仙普賢岳で火砕流が発生。死者・行方不明者43名

6月23日
マツダ・787Bが日本車として初めてル・マン24時間レースで総合優勝

6月25日
スロベニアとクロアチアがユーゴスラビアより独立宣言

7月11日
カナダのノリス・エアチャーター便DC-8型機がサウジアラビアの国際空港を離陸直後に墜落し、乗員・乗客261名全員が死亡

8月31日
キルギスがソビエト連邦からの独立を宣言

9月6日
ソビエト連邦がバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の独立を承認

9月8日
マケドニア共和国がユーゴスラビアより独立

9月9日
タジキスタンがソビエト連邦より独立

9月17日
韓国、北朝鮮、バルト三国が国連に加盟

9月19日
アルプス山脈の氷河で、約5,300年前の男性のミイラ「アイスマン」を発見

10月14日
ミャンマーのアウンサンスーチー氏がノーベル平和賞を受賞

11月5日
宮澤内閣発足

12月25日
ソビエト連邦が崩壊し、ゴルバチョフ大統領が辞任

521 共通校舎(玉川学園講堂・視聴覚センター・器楽教室)の竣功式を開催。講堂は一般的なコンサートや劇場用の小ホールと同じ規模で、座席数は504。視聴覚センターは1階から3階まであり、1階にスタジオ(調整室を含む)とL.L.教室、2つの中教室、2階には管制室(録音室、資料室を含む)、同時通訳室、ビデオ自習室、オーディオ自習室、3階には4つのL.L.教室がある。
午後5時半からは玉川学園講堂竣功記念演奏会を講堂にて開催。向山光則先生のフルート独奏、マルグリット・フランス先生のヴィオラ独奏、大倉由紀枝先生のソプラノ独唱、須藤清子先生のクラリネット独奏、下野昇先生のテノール独唱、室井摩耶子先生のピアノ独奏と、実に内容豊富な演奏会となった
617 イタリアのテノール歌手ウィリアム・マッテウッツィ氏とピアニストのパオラ・モリナーリ女史が来園。この度の来園は、6月20日にパルテノン多摩大ホールにおいて開催される本学主催のリサイタルに先立っての表敬訪問である
21 井上裕文部大臣が本学園を視察。中学部と教育博物館を見学
25 農学部温室4棟の新設工事が完了し、関係者が出席して検収が行われた。この温室は農学部校舎の奥に位置し、花卉温室、熱帯・亜熱帯植物温室、ラン温室、観葉植物温室、バイオ実験室、無土壌栽培温室、鉢物専用温室、土壌ベッド温室等々を含む4棟からなり、総面積1,475m2(約447坪)の立派なものである
74 千葉工業大学の豊田耕作理事長、原勇記常務理事等一行5名が来園。千葉工業大学は、翌年度創立50周年を迎えられるが、その出発は昭和17年、玉川学園内に設置された興亜工業大学に始まる。そこで創立50周年を記念しての年史執筆にあたり、当時の資料を拝見し、また小原哲郎理事長・学長より思い出話を伺いたいということで、この度の訪問となった。そして創立50周年の記念にと、本学で保管していた興亜工業大学の旗を寄贈した。白地に墨で「興亜工業大学」と記されただけの簡素な旗であるが、この旗は大戦末期の昭和18年10月、明治神宮外苑競技場で行われた出陣学徒壮行会のために作られたものである
821 台風12号による集中豪雨の影響で須雲川が氾濫。それにより土石流が清流公園の川原を埋めつくし、このため須雲塾への通行は不可能となった。須雲塾で合宿中であった高等部のオーケストラ部員たちが孤立状態になったが、一夜明けて救援隊により全員無事避難することができた。須雲塾は幸いにも建物には被害はなかったものの、ガス・水道が使用できなくなった。須雲塾への通行が不可能の上、水道・ガスの復旧の見通しがつかないとのことで、やむを得ず当分の間休塾することになった。また農学部のわさび田も土砂に埋まり、丹精を込めて栽培し収穫間近のわさびも全滅してしまった
914 文学部芸術学科では今年よりロンドン大学ゴールドスミス・コレッジとの間で留学制度を発足、第1回の留学生がロンドンに向けて出発した。初年度にもかかわらず音楽専攻2名、美術専攻2名、演劇専攻9名の計13名の学生が渡英、学生寮で生活しながら、翌年の3月までの6か月間、各専攻に分かれてゴールドスミスの授業を受けることになった
28 山東省教育視察団が本学園を視察。一行は呂可英・山東省教育委員会主任を団長に、周作岐・山東紡織工学院長、解授禄・曲阜師範大学副学長、陸信祥・教育委員会外事処副処長、そして通訳の徐修徳氏の5名。山口県の招きで来日したが、東京ではぜひ玉川学園を視察したいとの希望から急遽実現したものである
101 長年にわたり比較教育学会の指導的役割を果たし、特にソビエト教育研究の第一人者として有名であるアメリカのケント州立大学教授のジェラルド・リード氏が来園し、文学部教育学科の学生たちに特別講義を実施
113 日本人初の宇宙飛行士となった秋山豊寛氏(玉川学園OB)による特別講演「宇宙と夢」を礼拝堂で実施。秋山氏は玉川学園小学部3年生から中学部2年生まで演劇部に所属していた、そのような懐かしい話を織り交ぜながら宇宙について語られた
21 メレマン・ドイツ経済大臣夫人が、シェール・ドイツ公使夫人や一等書記官らと共に来園
共通校舎(玉川学園講堂・視聴覚センター・器楽教室)
共通校舎の夜景
共通校舎全景
共通校舎/玉川学園講堂
共通校舎/エントランスホール
共通校舎竣功式でのテープカット。左から柴田平西松建設社長、小原哲郎学長・学園長、三浦功建築設計事務所社長
玉川学園講堂竣功記念演奏会 マルグリット・フランス先生
玉川学園講堂竣功記念演奏会 下野昇先生
玉川学園講堂竣功記念演奏会 室井摩耶子先生
共通校舎全景
ウィリアム・マッテウッツィ氏
新設の温室で観葉植物を栽培
新設の温室
新設の温室
本学で保管していた興亜工業大学の旗を千葉工業大学に寄贈
箱根須雲塾
箱根演習林内のワサビ田を見学する幼稚部園児
ゴールドスミス・コレッジ
ジェラルド・リード教授
日本人初の宇宙飛行士となった秋山豊寛氏(玉川学園OB)

関連サイト

参考文献

小原哲郎監修『全人教育』 玉川大学出版部
  第516号~第522号(1991年)
  第523号、第524号、第526号(1992年)~第528号(1992年)