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玉川豆知識 No.16

多文化共生を目指した異文化理解と自分の中にある偏見への気づき―多文化共生で昨日より笑顔の多い世の中に―

2014.12.24
教育学部教育学科 准教授 大谷千恵

社会の多様化、グローバル化が進み、多文化共生を目指した異文化理解はますます重要性を増しています。言葉や知識の習得も大切ですが、自分の中にある偏見に気づくことが必要です。

異文化理解とは何か

例えば異文化理解と教育という切り口で考えたとき、グローバル化が進む現在の教育現場では、外国にルーツを持つ児童・生徒や帰国児童・生徒など、多様な児童・生徒の指導や支援ができる教員が求められています。したがって、教員をめざす学生が多文化共生や異文化理解について学ぶことはとても大切です。しかし、単に「○○ではこういうことが行われている」とか「○○ではこう考えられている」という知識だけでは、本当の理解には到達できません。外国の文化や習慣を知ることは大切ですが、異なる視点から自分の中にある偏った常識や偏見に気づくことが必要なのです。それが、自分の中の“あたりまえ”を打ち破るという意味です。

自分の中にある偏見への気づき

「異文化理解と教育」の授業風景

現在、グローバル化が進む教育現場では、外国にルーツを持つ児童・生徒や帰国児童・生徒など、多様な児童・生徒の指導や支援ができる教員が求められています。したがって、教員をめざす学生が多文化共生や異文化理解について学ぶことはとても大切です。しかし、単に「○○ではこういうことが行われている」とか「○○ではこう考えられている」という知識だけでは、本当の理解には到達できません。外国の文化や習慣を知ることは大切ですが、異なる視点から自分の中にある偏った常識や偏見に気づくことが必要なのです。それが、自分の中の“あたりまえ”を打ち破るという意味です。

特に日本の学校教育の現場は、ひとつの方向に向かわせる力が強く働いています。例えば、クラス目標などに「みんな仲良く」といった標語が掲げられている教室をよく目にします。もちろん、みんなが仲良くするのは大切なことですが、だれとでも親友になれるわけではないですよね。中には独りでいたい子もいるでしょう。そういう子をむりやり輪の中に引っ張り込むことは仲良くすることとは違います。お互いに不快にならない距離を見つけて接っしていくことが、「みんな仲良く」の意味するところでしょうが、言葉が抽象的すぎて子供たちにその意味がきちんと伝わっていない場面を目にします。もう1つ、朝礼など男女で分かれて整列したり、出欠確認は出席番号順に男子から呼ばれる場面も見られます。このような日常のよくある光景や習慣からも児童・生徒は埋め込まれた価値観を無意識に学んでいます。

こうした積み重ねが、子供たちに偏った価値観や偏見を植え付けます。また、教える教員側にも偏見があります。例えば留学先のサンディエゴで観察していた小学校では、宿題を忘れた子供に対して、担任は「いつもこうだ」「やる気がない」と決めがちでした。しかし、子供の話をよく聞くと、前日に兄がギャングの抗争に巻き込まれて銃で撃たれたとか、宿題をやろうにも家に鉛筆も机もない家庭だったなど、いずれも支援を必要としている子供たちでした。「宿題をしなかった」と「宿題ができなかった」では、大きな違いです。日本でもアメリカでも、教員になる人の多くが、教育的にも経済的にも恵まれている家庭の出身者が多いため、そういった自分が経験したことのない現実に気づくことが難しいのです。前述の事例は極端な例かもしれませんが、教育現場には、支援を必要とするさまざまな児童・生徒がいます。その教室にいる一人ひとりを指導・支援していくためには、さまざまな視点でものごとを読み取り、分析していく力が非常に大切です。そのために、まず、自分の中にも存在する偏った常識や偏見に気づくことが必要なわけです。

アクティビティを通して体験的に気づく

では、具体的にどのような方法で学生に気づきを与えたらよいのでしょうか。前述のように、単に知識を教えるだけでは自分の中の偏見に気づくことは難しいと考えています。そこで、授業の導入では、さまざまなアクティビティを通して体験的に学べるように工夫しています。一例として、ひとつクイズを出してみましょう。「路上で事故がありました。タンクローリーが通りかかった男性とその息子を轢きました。父は即死です。息子は病院に運ばれました。病院の外科医が彼の身元を確認すると、急に青ざめ 『これは私の息子!』とおののきながら叫びました(画像1)。なぜ、外科医は“私の息子”と言ったのでしょうか?(出典:デイビッド・セルビー&グラハム・パイク『地球市民を育む学習』, 1997 )という問題です。

画像1:アクティビティを通して偏見に気づく
出典:『地球市民を育む学習』(1997)明石出版

たとえば、「外科医が離婚した妻との間にもうけた子供だった」、「病院で取り違えた子供だったことがDNA鑑定で判明した」というようなクリエイティブな答えが学生から多く出てきます。どちらも可能性としてないわけではありませんが、いちばん簡単で現実的な答えは、「外科医が母親だったから」ではないでしょうか。そう聞くと、多くの人が外科医を男性だと決めつけていたことにはっと気づくわけです。実際、教科書や教材などの写真やイラストで紹介される医師の姿は男性であることがほとんどです。私達は知らず知らずのうちにそういったイメージをすり込まれているのです。

他にも、写真の一部を見せてその周りの情景を想像してもらうアクティビティや、母語と異なるルールやコンセプトで書かれた文章を読むのにどれだけ時間がかかるかを体験するアクティビティ(画像2「色ゲーム」)など、気づきを得るためのさまざまな方法があります。自分の偏見に気づくためには、体験的に学び、当事者の気持ちに気づいたり、これまで見えなかった自分のあたりまえがどういったものなのかを認識することが非常に大切なのです。そのような気づきがあってこそ、知識は実感を伴い、現実を理解するための手がかりとなります。留学してマイノリティの立場を体験してみるのも、とてもいい異文化トレーニングになります。特に多くの日本人は、お互いにあうんの呼吸で場の空気を読むようなところがあるので、自分の考えをしっかり主張しないと伝わらない海外では苦労することも多くあります。外国語で自分を表現することの大変さを思い知ると思います。しかしその体験こそが、多様な価値観に気づき、自分の中の“あたりまえ”を打ち破ること、つまり視野を広げることに効果的なのです。

画像2:オリジナルの活動「色ゲーム」

教材開発の取り組み

アクティビティを通しての体験学習について書きましたが、その一環で、現在、アイスブレイキングや関係構築、理科学習や国語学習に活用できる教具/教材カードを開発・研究しています。玉川大学が、"Group Me!®" という名前で、2012年に商標登録しているカードのセットです。"Group Me!®" 開発の背景には、いつのまにか男女で分かれて座る学生の姿に疑問をもったことに始まります。高校を卒業したての新入生の教室で顕著にみられます。よく観察していくと、最初の授業で座った席に毎回座り続けていく学生も少なくありません。慣れない環境では,自分と何らかの繋がりを持つ人の近くに座りたいという無意識も働くと思いますが、前述したような学校経験も少なからず影響していると思います。アクティブ・ラーニングが注目を集めていますが、ディスカッションやグループで取り組むプロジェクト学習の機会があっても、同じようなメンバー同士での取り組みでは新しい見方や考え方に出逢うチャンスは減ってしまいます。学びを最大限活かす上でも、教室内の多様なクラスメイトとの関係構築を促す上でも、教室の中にある「見えない壁」を破りたいと思いました。写真1と写真2は、"Group Me!®" 使用前と使用後の同じ教室の様子です。

写真1: "Group Me!®" 使用前の教室
写真2:"Group Me!®" 使用後の教室

"Group Me!®"は、ランダムなグループ分けをするカード教具/教材です。学習者に気付かれずに、教師の意図を反映したグループ分けが可能なので、アイスブレイキングや学習環境のリフレッシュとともに、多様なクラスメイトと知り合い、学び合える関係のきっかけを与えることができます。子供達が日常よく目に生き物や植物の写真(生き物・植物編)をカードにしたものなので、理科学習にも活用できます。ある生き物、または植物の写真が、10種類ずつ(各6枚セット)、1箱に20種類のセットが入っているから、マンネリ化せずに使うことができます。各セットに1枚、日本語支援を必要としている児童の母語に多い言語を含んだ9ヶ国語で生き物・植物の名前を書いたカードが入っており、多様な児童生徒にも配慮してあります。

写真3:"Group Me!®" のセット
写真4:"Group Me!®" で使っている写真例

現在、教育学部卒の教員や興味を持ってくださった先生方を中心に学校現場や大学などで使っていただきながら、教育現場で使いやすいものにするための改善を重ねています。小学校での活用では、アイスブレイキングや関係構築を目的としたグループ分けや理科学習などで活用されています。学校全体で自己理解、他者理解、異文化理解を目的とした取り組みをしている小学校では、"Group Me!®" の教育効果を検証する実験授業を実施し、アイスブレイキングや関係構築に効果があることを確認しました(大谷・船木, 2014)。

写真5:小学校での実験授業の様子

企業も興味を持ってくださり、企業内研修で"Group Me!®" を活用してくださいました。写真3は、日本を代表するIT系の企業の社内研修の会場受付の写真です。この研修は、色々な異なる部門からの参加者が出席する研修であること、また参加者数が50名以上と多いことを考慮し、通常のグループ分けとは異なった使い方をしました。まず、参加者は、会場受付で好きなカードを1枚選びます。そして、同じテーブル(4名)に座った人に自己紹介する際、なぜそのカードを選んだのか、カードの写真をきっかけに話すように指示されます。次に、同じテーブルに座った人達の中から、繋がりのある人(同じ植物、生き物、人の役に立つ虫、etc.)を1人見つけるように指示されます。このパートナーを探すプロセスで、同じテーブルの4人と自然に会話ができるという仕掛けです。これまでの知識や経験や職種・専門を問われず、誰でも参加できるトピックなので、また生き物や植物のインパクトある写真なので、時に笑いや驚きの声が上がります。そんな和やかな雰囲気ができたところで、本題の講演とワークショップに入っていくという流れで進められました。  この使い方は、私にとっても大きな発見でした。それまでは、学校や教育場面での関係構築や学習教材という視点での活用を考えてきましたが、インスピレーションでカードを参加者が選んでスタートするという方法は、これまでの35人を越えてのグループ分けには不向きである"Group Me!®" の課題をクリアするものでした。また、企業内研修などでも活用していくことができるということも発見することができました。

写真6:企業内研修の会場受付
写真7:会場出のパワポ

この事例のように、自分とは異なる多様な人々と一緒に取り組むことで、自分の中にある枠組みを突き破ることができるのです。だからこそ、多様な人達と学びあう機会を仕掛けることが大切なんです。ご興味のある方、実験に参加されたい方は、ぜひ下記サイトをご覧ください。活動例なども紹介しています(ただし、ここで紹介した企業内研修の活動例は、現在準備中)。

"Group Me!®"のサイト: http://www.tamagawa.ac.jp/info/groupme/

多文化共生で昨日より笑顔の多い世の中に

私が異文化理解に興味を持った根底には、小学生時代の苦い経験があります。曾祖父が外交官だったこともあり、祖母はインド生まれのイギリス育ち、母は中国生まれと、外国に繋がりのある家庭で私は育ちました。日本の公立小学校に通ったのですが、家庭の文化と学校文化があまりに違うため、常に不安でした。当時は多文化共生という考えすらない時代ですから、仕方なかったのかもしれませんが、あらゆる場面で自分が劣等生であると感じさせられました。「失敗したくない、他の子と違うと思われなくない」と、いつも周囲の様子を見ながら、他の子の真似をしていました。それでまた「キョロキョロしている」と注意されてしまい、一時期は学校に行こうとするとお腹が痛くなったり、熱が出たりと、学校へ行けない状態になりました。そんな私が変われたのは、3年生の時に新しい担任の先生と出会ってからです。その先生は、私の創作した物語を見て「すてきなお話」とほめてくれたのです。それが嬉しくて、ほめられたくて、毎日お話を書いて先生に見せました。物語もだんだん長くなり、文章を書くことも楽しくなりました。それが自信となり、給食もたくさん食べられるようになって体力もつき、気づくと学校は楽しいところになっていました。

つまり、教員にはそれだけの影響力があるのです。教員が子供をどう見るか、使う言葉の一つひとつにも、その子自身に大きな影響を与えます。また、先生の態度で、まわりの子がその子をどう扱うかも変わってきます。ほとんどの教員は一生懸命正しいと思うことをしているのですが、その“正しさの基準”は時代・立場や視点によって変わるものかもしれません。だからこそ、「自分の中には偏見があるかもしれない」という意識を持って、日々の自分の言葉や態度を客観的に振り返ることが大切なのだと思います。それは教員に限らず、あらゆる分野に当てはまります。それぞれの人々が、それぞれの立場で実行していくことが、いずれは社会の意識変化につながっていくと考えています。ただし、そうしたからといって偏見がこの世からなくなることはないでしょう。けれども、一人ひとりがそういう意識をもって生きることで、多文化共生は実現していくと思います。

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