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玉川豆知識 No.170

おだやかな笑みをたたえている聖観音像

本学の観音庭園に聖観音像が置かれています。玉川学園の開山の地とも言える一角にこの像が建てられたのはどうしてでしょうか?1964年(昭和39)年、小原國芳夫妻が京都の高山寺を訪れたことがきっかけで、1973(昭和48)年に玉川の丘にこの像が完成しました。

聖山の中腹にある小原記念館へ続く階段と太鼓櫓の脇道との間に観音庭園があります。玉川学園の創立期には、この場所に図書館がありました。その図書館は昭和初期の木造建築ということもあり、図書が年々増えることに加え貴重書が多くあることから、完成したばかりの女子短期大学校舎(当時)に移転。1966(昭和41)年のことです。

昭和33年当時の図書館の玄関

その観音庭園に、高さ約1m60cmの聖観音像(聖観世音菩薩像/しょうかんぜおんぼさつぞう)があります。この像は、1973(昭和48)年に完成し、現在の場所に置かれています。そのきっかけは、1964年(昭和39)年、東京オリンピックが開催された年に遡ります。その時のことが、『全人』第769号(2013年発行)の「玉川の丘めぐり30」で次のように語られています。

1964年5月11日、小原國芳学長夫妻(当時)は、京都訪問の折、日本最古の漫画と称される鳥獣戯画が置かれている栂尾高山寺を参拝した。そして、境内の開山堂横に置かれている聖観音像と対面した。
この像を見た信夫人が、学園内にこの像を置きたいと提案。その後、夫妻の希望が像の制作者であった赤堀信平氏に伝えられた。1973年、玉川の丘の聖観音像が完成し、今の場所に置かれた。

観音庭園
観音庭園
観音庭園
観音庭園
聖観音像

また、小原國芳が『全人教育』第293号(1974年発行)の「身辺雑記」で、観音庭園と聖観音像について以下のように述べています。

昔の図書館のアト。うちのお客の間の前。さあ、二千坪もありますか、森に囲まれて。いい小公園みたいなようです。
数個もおいてある椅子に、仲のよい男女学生が親しく話し合っとる光景は美しくもあり、少し、やけもいたしますが、その上の方の奥まったところに据えた観音様は、とても、一段と美しく見えます。
人間と仏様の間に立って、いろいろの悩みを取りもって下さるのが、観音様のお役目なんだそうです。しかも、とても美人の観音様です。丁度、真っ白の山茶花が後ろに一杯咲いて居ます。私の家との間には柿が赤くなって居ます。

さらに前述の『全人』第769号(2013年発行)の「玉川の丘めぐり30」に次のような記述があります。

学内にキリスト像や釈迦像はないが、マリア像や観音像が置かれている。こうした像があるのは、特定の宗教への信仰のためではなく、創立者が教育の根本に宗教心の育成を掲げたからだ。
創立者は十一歳のときに母を亡くした。村の娘たちに裁縫や機織を教え、一家の生計を支えた優しかった母親の思い出をしばしば語っている(『少年の頃』など)。亡き母の面影をマリア像や観音像に見ていたのかもしれない。

マリア像
『少年の頃』
聖観音像
聖観音像

参考文献

  • 小原國芳監修『全人教育』第293号 玉川大学出版部 1974年
  • 白柳弘幸「玉川の丘めぐり30」(『全人』第769号 玉川大学出版部 2013年 に所収)

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