2022年度より高等学校公民科の必修科目「公共」がスタート。新科目の中身と求められる教員について教育学部教育学科 樋口雅夫教授に聞く(前編)

2021.10.01

2022年度より、高等学校の新学習指導要領が実施され、公民科では従来の「現代社会」に代わる新しい必修科目「公共」がスタートします。新科目「公共」は、生徒が近い将来、社会に参画し、様々な課題と向き合い、それを解決する力を養うことを目的としています。

玉川大学教育学部の樋口雅夫教授は、前職である文部科学省教科調査官時代にこの「公共」の科目設置に深く関わりました。小・中・高の社会科教育の変革期にある現在、「公共」はどのような位置づけの科目で、学校現場ではどのような授業が行われることになるのか、樋口教授に話を聞きました。

18歳選挙権時代の到来で
高等学校社会科教育が変わる。

== 樋口先生は文部科学省時代に、中学校と高等学校の学習指導要領の策定に深く関わっていらしたとか。

樋口 はい。2017年に「主体的・対話的で深い学び」の視点を取り入れた中学校社会科の学習指導要領改訂に関わり、引き続き高等学校の新科目「公共」の内容についても検討しました。変化のスピードが速い現代は将来の予測が困難な時代であり、グローバル化が進む中で社会科教育に求められる役割も大きく変化してきました。

新科目「公共」導入のもっとも大きなポイントは成人年齢が20歳から18歳に引き下げられること、つまり高等学校3年の教室の中に私たちの社会に責任を持つ大人が存在するということでした。「公共」は高等学校1年もしくは2年で履修する公民科の必修科目として、主権者として社会に参加するために必要な知識を学ぶだけではなく、適切な判断力や様々な社会的課題に対して適切に判断し、解決する力を身につけることを目的としています。

== 「公共」の導入は、社会科教育の大きな変革なのですね。

樋口 はい。日本の社会科教育は第二次大戦後にスタートしました。戦前は「修身」「国史」「地理」といった科目はありましたが、現在にも通じる社会科教育は日本に新しい民主主義国家の建設を目指した米国の占領下でもたらされたものでした。その際、調査にあたった米国の教育使節団が参考にしたのが玉川学園の「自由研究」だったといわれています。

1946年3月米国教育使節団が玉川学園に来園

昭和30年代、日本の経済成長、それに伴って学歴社会が進展する中で次第に社会科教育は知識偏重になっていきました。しかし社会科を単なる「知識」という視点で捉えてしまうと、本来の目的である主権者教育の意味合いが薄れていきます。また、時代が変われば、教科書に載っている知識も陳腐化してしまいます。そこで1982年に本来の主権者教育の目的を取り戻し、地球環境問やエネルギーの問題など新しいテーマを盛り込んだ高等学校社会科の科目「現代社会」がスタートしました。

それから40年経ち、成人年齢が18歳になるという時代の転換点に「現代社会」に代わって登場するのが「公共」であり、これからますます変化の激しい時代を生きることになる高校生の皆さんが、将来、法、政治、経済の様々な課題に直面した時、自立した大人として考え、選択し、決断する力を身につけてもらうことを目的としています。そのため知識の習得を目的とする座学主体ではなく、グループワークやディベートなど様々なアクティブ・ラーニングの手法を活用して、一人ひとりの考える力を育むことに主眼を置いた授業が行われます。授業で扱うテーマは法と政治・経済の幅広い課題で、その中には消費者教育や金融教育、職業選択、雇用、少子高齢社会における社会保障、安全保障や国際貢献、地球環境や資源・エネルギー問題などきわめて現代的なテーマが含まれています。いずれも高校生たちが選挙や自らの人生を切り拓いていくにあたって、すぐにでも考えなければいけない問題ばかりです。

ただ一つの正解を求めるのではなく
たくさんある答えの背景を読み解く

== 現代的な社会問題を扱うと言うことは、決して一つの「正解」を導き出せる問題ばかりではないということですね。

樋口 その通りです。「公共」の授業では唯一の「正しさ」を求めるのではなく、たくさんある「答え」のそれぞれの背景にある考え方や事象について知ることが重要だと考えています。たとえば、昨今の新型コロナウイルス感染拡大で政府がどうすれば良かったのか、解答は一つではないでしょう。あるいは生命倫理に関わる臓器移植の問題では「できるだけ多くの生命を救うことが正義」という功利主義的な考え方があり、一方で「どんなことをしても一人の生命を救うことが正しい」という義務論的な考え方があります。生命倫理の考え方としてこの2つはしばしば対立することがありますが、どちらも根本では人間の生命というものを重んじていることが共通しています。「公共」の授業では、その根本を見据えながら、それぞれの考え方とその背景にあるものについて考えていくことになるでしょう。すでに小・中学校の教育ではグループワークなどのアクティブ・ラーニングが定着しつつありますから、「公共」はその流れを受け継ぐ科目にもなるでしょう。

==今後、ますます少子高齢化が進み、グローバル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)化の激しい波にさらされている日本は新しい国づくりへの挑戦の時代を迎えています。新科目「公共」が果たす役割は大きいですね。

樋口 新学習指導要領に掲げられた「社会に開かれた教育課程」の中核となるのが「公共」です。これからの社会を創り出していく若者たちがこれからの世界と社会としっかり向き合うために、「公共」という科目を存分に活かしてもらいたいですね。また、教える先生方も高校生が自らの人生を切り拓いていける生きる力を養うために、意欲的に授業に取り組んでいただきたいと考えています。教員が授業を工夫する余地が大きいと思いますので、意欲的な先生にとってはやりがいと面白さを感じる科目になるはずです。

※後編では新科目「公共」の授業に求められるものと玉川大学教育学部で取り組む教員養成について聞きます。

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