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ミツバチ科学研究センター主催「第44回 ミツバチ科学研究会」が開催されました

2024.03.15

ハナバチ類や社会性昆虫の研究を展開する玉川大学 ミツバチ科学研究センター(1979年設立)は、日本で唯一のミツバチに関する総合研究機関です。高度な専門知識を備えた人材と研究活動から得られた成果を社会に還元していて、毎年(コロナ禍を除く)「ミツバチ科学研究会」を開催しています。

44回目となった今年は、2024年2月23日にUniversity Concert Hall 2016で開催。専門分野の異なる3名の研究者が発表を行い、そのひとつは同センター中村純教授の退職記念講演となりました。今回も教育・研究機関や養蜂業界をはじめ、食品業界、農薬業界など全国から約190名が参加。貴重な情報交換や交流の場となりました。

「外来種との危険なハチ合わせ−根室半島におけるセイヨウオオマルハナバチと在来マルハナバチ種の交雑とその仕組みの解明−」 久保 良平(玉川大学 学術研究所 ミツバチ科学研究センター/玉川大学 農学部 生産農学科 非常勤講師)

最初は、フェロモンを使ったハナバチ類の交信を研究する久保先生の研究発表です。久保先生は、準絶滅危惧種に指定されているノサップマルハナバチが、外来種によって繁殖干渉を受けている頻度とその仕組みを解明するために、分子生物学及び化学生態学的手法を用いて調査しました。

独自の生態系を持つ根室半島には、北海道に11種いると言われているマルハナバチのすべてが生息しています。なかでもノサップマルハナバチは、根室半島とその北部の野付半島にしか生息せず、その数が減っていることから準絶滅危惧種(NT)に指定されています。 久保先生は、ノサップマルハナバチの個体数減少には特定外来生物であるセイヨウオオマルハナバチが関係していると話し、セイヨウオオマルハナバチが在来植物の繁殖を阻害していることや営巣場所が競合していることなど、生態リスクについて説明しました。そして、それらリスクの中から「在来種との交雑」について研究したことを述べました。

交雑の知見は実験室内で多い一方、野外ではほとんどありません。久保先生は、10年の時間をかけて根室半島でセイヨウオオマルハナバチ、ノサップマルハナバチ、そして同様に減少しているエゾオオマルハナバチの3種の女王蜂を採取しました。そして、それら計641匹の腹部から受精嚢を摘出して、精子のDNAを鑑定することで交尾した雄蜂の種類を特定しました。その結果、セイヨウオオマルハナバチの女王は同種の雄のみと交尾していましたが、ノサップマルハナバチとエゾオオマルハナバチは同種の雄に加えて、それぞれセイヨウオオマルハナバチの雄とも交尾していたことが判明しました。久保先生は「在来種の女王がセイヨウの雄と交雑(異種間交尾)していることは間違いありません。一方で、セイヨウの女王が在来の雄と交尾することはありません。この2つがわかりました」と話しました。

「交雑はシリアスな問題です」と久保先生。交雑したマルハナバチ種の女王は雑種個体を生むことはありませんが、同種の子孫も残せないことが明らかになっているからです。
本来マルハナバチ種が交尾する場合、雄蜂は種特異的な性フェロモンを使ってテリトリーを作り、そこに同種の女王蜂を呼び寄せるため交雑は起きません。そこで久保先生は、今回の3種の雄の匂い成分を分析器で調べました。
その結果、ひとつの成分(Ethyl dodecanoate)が共通して検出され、これに3種の女王の触角が反応を示しました。「雄の性フェロモンの類似性によって交信錯乱が起こり、交雑の一因となっていることが強く示唆されました」と久保先生。
今回の調査によって、セイヨウオオマルハナバチによる生殖干渉が、在来マルハナバチ種の減少をもたらしている証拠と理由が示されました。一方で、なぜセイヨウオオマルハナバチの女王と在来2種の雄は交雑しないのか、なぜ在来2種間では交雑が起きないのか、という2つの疑問が残りました。

久保先生は今後、セイヨウオオマルハナバチに代わる施設栽培作物用ポリネーターとして北海道で利用可能な在来種エゾオオマルハナバチの増殖技術の開発や、種保全を目的としたノサップマルハナバチの累代飼育技術の開発などにも取り組んでいきます。

学術誌に掲載された今回の研究内容を以下から読むことができます。

「ミツバチの行動を司る脳基盤 −種間比較とゲノム編集によるアプローチ−」 河野 大輝(東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 助教)

ここからは特別講演です。東京大学大学院でミツバチのゲノム編集をテーマに取り組む河野大輝先生が、最近の2つの研究成果を紹介しました。

河野先生が所属する研究室では「キノコ体」に着目しています。キノコ体とは、記憶学習や複数の感覚情報の統合を担う昆虫脳の高次中枢で、ミツバチでは顕著に発達していることからミツバチの社会性行動との関連が考えられています。すでに研究室では、キノコ体を構成する神経細胞(ケニヨン細胞)が3種類のサブタイプに分かれることを発見しました。
最初の紹介は、このサブタイプをハチ目昆虫の種間で比較した結果、ハバチ亜目、有錐類、有剣類では、それぞれ有するサブタイプ数が異なっていたという研究報告です。

昆虫の中でも、ハチ目には多様な行動様式が見られます。ハバチ亜目は単独で植物を食べ、有錐類は他の昆虫に寄生し、有剣類は巣を作ったり分業で働いたりします。
研究室では、それぞれ1種類の蜂を選び、キノコ体におけるTrp遺伝子の発現の強さを調べることで3種類のサブタイプを可視化。結果、ハバチ亜目のキノコ体は非常にシンプルでサブタイプは1種類、しかし有錐類は2種類、そして有剣類は3種類を持っていました。河野先生は、「有錐類は獲物探索に学習が必要で、有剣類は巣作りや帰巣するために空間認知能力や空間記憶能力などが必要です。それらの能力に新たなサブタイプが必要だったのではないかと考えています」と話しました。
ハチ目昆虫では、行動の進化に伴いキノコ体のケニヨン細胞サブタイプの進化が起きていたことが解明されました。

次に、ゲノム編集法を用いてミツバチの遺伝子機能を解析する研究について紹介しました。
「ミツバチのゲノム上の特定部位を狙って変異を導入したら、行動にどのような異常が見られるか」という、ミツバチの社会性行動を制御する仕組みを解明する研究です。これまで研究室では、佐々木哲彦先生(ミツバチ科学研究センター教授)と一緒に、世界で初めてゲノム編集による「変異体ミツバチ(雄蜂)」の作出に成功しています。

河野先生は、新たにmKastを標的としたゲノム編集による「ホモ/ヘテロ変異体働き蜂」の作出に成功したことを報告し、なぜ効率よく作出することができたのか、その方法を解説しました。mKastとは、成虫脳の高次機能を制御し、ミツバチの採餌行動に寄与していると予想される遺伝子です。
そして、このmKast変異体働き蜂で見られる行動異常から、mKastが脳内でどのような機能を持っているかを解析して、キノコ体においては、mKastが複数の感覚情報の記憶学習に関与している可能性を深めることができました。

今後、研究室では、有剣類の中の行動進化と関連する脳基盤を調べたり、ゲノム編集法を活用して有剣類の社会性や8の字ダンスに関連する脳基盤を調べていきます。河野先生は、「これらを通して、ミツバチの社会性行動の分子神経基盤がどのように進化してきたか追求したい」と話しました。

「ダーウィン養蜂:ミツバチを知ることで、ミツバチの恩恵を受ける」 中村 純(玉川大学 学術研究所 ミツバチ科学研究センター/玉川大学 農学部 先端食農学科 教授)

最後は中村純先生です。中村先生は3月で定年を迎えられるため、玉川大学教授としての登壇はこの日が最後となりました。
ネパールでの養蜂指導、タイの大学での研究、JICA専門家としてのブラジル赴任など、多様な経歴をお持ちの中村先生が選んだテーマは「ダーウィン養蜂(Darwinian beekeeping)」。米国コーネル大学のThomas D. Seeley教授が著書『The Lives of Bees(邦題:野生ミツバチの知られざる生活)』で提唱したもので、進化医学(ダーウィン医学)の考え方を取り入れた養蜂です。

ダーウィン養蜂のコンセプトは、「ミツバチ自身が最良の養蜂家である」です。
中村先生は、ミツバチの祖先は500万年前に、セイヨウミツバチは300万年前にそれぞれ誕生したのに、近代養蜂の歴史はわずか200年であることに触れ、「ミツバチが最近になって受けるようになったいろいろなストレスを考え、養蜂でミツバチに発生する諸問題を解決することが、ダーウィン養蜂が言おうとしているところだ」と述べました。
著書ではミツバチが本来適応している環境と、それとは異なる現在の環境の差を「野生状態と飼養下の差」と捉え、ダーウィンと同世代を生きた近代養蜂の父とも呼ばれるラングストロースを引き合いに出しています。そして、「ダーウィン養蜂とラングストロース養蜂」として対極の比較を試み、ダーウィン養蜂を実践するための方法を提唱しています。しかし、残念ながらそれは商業養蜂や都市養蜂では現実的ではありません。

中村先生は、「ダーウィン養蜂を養蜂のスタイルとして適用するのは難しいが、現在の養蜂が抱える問題の根底を探る上では、ダーウィン養蜂とラングストロース養蜂の対比は非常に有用である」と語り、ダーウィン養蜂を「ミツバチの本然を知るツール」として利用することを提言しました。それは飼養下での問題を進化医学的に解決することにつながり、特に全世界的に問題となっているミツバチヘギイタダニによるバロア症においては、解決のための多様な示唆を導くことができるそうです。
中村先生は、野生状態のミツバチではダニ等による感染症の蔓延が防がれる理由や、ミツバチにとっての快適な環境のために、蜂群間距離、営巣環境、採餌資源などの問題があることを詳しく述べていきました。

飼養下ではヒトの都合が優先されます。そのため、ミツバチの生活史にさまざまな制限が加わってきました。
中村先生は、「ミツバチがやりたいことを理解できていることがすごく重要です。ミツバチを従わせるのか、それとも折り合いを付けるのかがひとつの分かれ道です。折り合いが付いていれば、それは“持続可能な養蜂”と呼ぶことができると思います」と言います。

ところで、中村先生は客員研究員として2002年から1年間コーネル大学に赴いていました。所属していたのはあのSeeley教授の研究室。プロポリスの原料となる樹脂の採集・利用の行動学的研究を行い、Seeley教授と一緒に論文を発表しています。
講演の最後に自身が登場しているSeeley教授の書籍をいろいろ紹介しました。そのうちの一つは、樹洞の高さを比較するために物差しとして写っている姿で、会場は温かな笑いに包まれました。
そして、今年の4月に米国で発売される最新本(日本発売未定)にも、最終章に中村先生の研究が登場する予定です。ミツバチでは巣の内外の仕事は明確に分業されていますが、樹脂を持って帰ってきた働き蜂、つまり外勤蜂が、その樹脂を隙間に詰める内勤蜂の仕事もしてしまうことを発見したエピソードが紹介されます。

「この働き蜂を見た時、たまたまだと無視することは簡単でした。でも、データ上で切り捨てられる中に例外が存在することを私は現地で学んできました。大切なのは、小さなことであっても見えたことを無視せず、精緻なシステムの中で働くミツバチの豊かな個性に感動することです。
私は、個性とは、得意・不得意を活かすことだと思っています。自分ができないことは、敬意を払って誰かにやってもらえばいいんだと考えると、不得意を持っていることってすごく良いことにも思えます。
研究者たちは、斉一さや同調をミツバチに求めがちです。しかし私は、ミツバチにも人にも斉一さや同調を押し付けることなく、それぞれの豊かな個性を見出す研究者でありたいです」

長年に渡り、玉川大学とミツバチ科学研究センターに多大な貢献をされてきた中村先生の最後の講演は、大きな拍手のなかに終わりました。

ダーウィン養蜂の解説文(2020年)は、玉川大学学術リポジトリよりダウンロードできます。

研究発表と特別講演を終えて

講演終了後は、筑波大学保全生態学研究室の横井智之助教より、2023年11月18日から20日にかけて開催された「ミツバチサミット2023」の報告が行われたほか、会場で配布された「養蜂GAP」をまとめた冊子について、研究者、獣医師、養蜂家からそれぞれ説明がありました。

最後に3名の先生方と来場者との間で総合討論が開かれました。マルハナバチ種の雄の競合の理由、キノコ体の進化・退化の可能性、蜂児に与えるミルクの量など、さまざまな質問が会場から出されました。

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