玉川学園前駅

2019.02.25

玉川学園が、駅敷地及び駅舎を小田急電鉄に提供することなどにより、1929(昭和4)年に玉川学園前駅が誕生。駅ができたことで住民が急増し、町が形成されていった。1967(昭和42)年には、表示改正により住所も「町田市玉川学園」となり、学校名と地名、駅名が同じとなった。

1.玉川学園誕生と玉川学園前駅

玉川学園建設は無一文からの出発であった。創立者小原國芳は多額の借金をして、東京府南多摩郡町田町本町田(現在の東京都町田市)周辺の土地336万m2を当時の地価の3倍で買収。その約8割の260万m2を宅地造成して分譲。残りの土地を学園の敷地として使用した。土地開発と並行して小田急電鉄と交渉。玉川学園が駅敷地及び駅舎、建築材料降荷のための引込線用の敷地を提供するという条件で、小田急電鉄は「玉川学園前駅」を新設することを確約。駅ができれば通学に便利というだけではなく、地価も上がり、この地に住もうと思う人も増える。そして、國芳は土地分譲の利益を校舎建築などの学校運営にあてた。

玉川学園前の駅前
玉川学園前駅

2.玉川学園建設にこの地を選んだ理由

  1. 美しい丘陵地帯であり、ペスタロッチのノイホーフの学校によく似た環境であったこと。
  2. 成城学園のときと同様に学校名と同じ駅名の新駅を作りたいという思いが國芳の中にあったこと。
  3. 当時、新駅を設置するには、駅と駅との間が3マイル(4.8km)以上離れていることが条件で、それをクリアできる箇所が小田急線沿線には3カ所しかなく、東京府では当地のみであったこと。
  4. 当時、相模大野から小田原行き、江の島行きはどちらも1時間に1本の運行であったが、相模大野から新宿方面は30分おきに電車が走っていたこと。
  5. この土地が東京府に属していたため宅地分譲がしやすかったこと。
  6. 駅間3マイルの土地は駅から遠いので地価が安い。しかし、新しく駅ができれば地価は高騰する。したがって分譲すれば利益が生じ、校舎建設などの学校運営資金が確保できると考えたこと。
開業の日の玉川学園前駅

3.玉川学園前駅が開業

小田急線「玉川学園前駅」が業務を開始したのは、小田急線開通から2年後の1929(昭和4)年4月1日のこと。駅舎は、総武線の千駄ヶ谷駅の駅舎をモデルにした三角屋根のモダンな建物であった。そして、その一週間後の4月8日に玉川学園が開校。当時のことが『イデア』第73号(イデア書院/1929年3月30日発行)に次のように記されている。

小田原急行電車沿線一の瀟洒たる驛の本屋も出來上がりました。これでいよいよ4月1日から開業のことに確定いたしました。丁度同電車の江の島線開始と同時です。江の島線は玉川學園前驛の次ぎの驛から分岐して約30分で到せられます。もうあと數日です。待ち遠しくつてなりません。

また、「玉川学園前駅」が業務を開始した4月1日のことが『學園日記』第1號(玉川學園出版部/1929年6月25日発行)に次のように記述されている。

4月1日、此の朝は、曇つてゐて生憎と太陽の顏を見る事が出來なかつた。今朝から「玉川學園前」にも電車が停まるはずと御飯を食べずに行つて見ると、ちやうど向からやつて來た上りが靜に停車した。車掌さんが聲はり上げて「玉川學園前―――玉川學園前―――」と呼ぶ。何だか、もつともつと大きな聲で呼んでもらひたいような氣がした。案外乘り下りの人が多いのも嬉しかつた。

玉川学園前駅の開業当時は、駅の収益額が目標の額に満たない場合は、不足分を玉川学園が補填することになっていた。実際に当時は補填もしていた。今では、玉川学園前駅の一日の平均乗降者数は2017(平成30)年度では約48,303人となり、小田急線70駅のうち25番目に乗降客が多い駅となっている。駅を開設してもらうことで生徒たちの足を確保するとともに、多くの人たちが住む町づくりにつながった。

「デンマーク体操(基本体操)」を考案したニルス・ブックや、世界のスキー普及に偉大な足跡を残したハンネス・シュナイダー、小原國芳の友人で教育家であるヴェルナー・チンメルマンも、玉川学園前駅で電車を降りて本学園に来園している。

小原國芳(左)とハンネス・シュナイダー
ヴェルナー・チンメルマン

4.玉川学園前駅の改築と自動出改札装置の導入

1966(昭和41)年、玉川学園前駅の駅舎が改築された。地元の人たちや乗降客から親しまれていたユニークな鋭角の三角屋根と待合室の暖炉は、この改築で姿を消すことになった。 そして玉川学園前駅は1970(昭和45)年に3度目の改築。7月19日に改築された駅舎で営業を開始。同時に自動出改札装置が設置されて試験運用が行われた。今では、自動出改札装置があるのが当たり前だが、当時は小田急線全線を通じて玉川学園前駅以外に設置している駅はなく、大変珍しいものであった。玉川学園前駅を初めて訪れる人たちは、この自動出改札装置を見て驚いていた。なお、試験運用された自動改札機は、定期券の改札装置に故障が多く、数年後に撤去され、有人改札に戻ることとなった。玉川学園前駅の改築について、『玉川学園報』(第137号)に以下のような記述がある。

7月19日(日)晴
学園前の小田急駅、改築なりて、今朝から橋上の駅舎で営業開始。
今から40余年前、はじめて駅が出来た時からこれが3度目の改築か。人手を省いた新式の駅舎。しかし、昔の「畑の小駅に電車を待てば」といったあの姿がなつかしい。

同じ年の10月5日に旅客運賃が改定された。当時の初乗り旅客運賃は、大人が30円、小児が15円であった。

5.自動改札機で児童の安全確認

本学では、小学1年生から6年生までを対象に、小田急電鉄と提携して「あんしんグーパス」システムを導入し、登下校の安全管理を行っている。児童が小田急線の自動改札機を使用した時と、登校時と下校時に教室に設置した装置に定期券をかざした時に、自動的に保護者の携帯電話に通過情報がリアルタイムにメールで通知される。

6.写真で見る玉川学園前駅と小田急線

関連サイト

参考文献

  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 南日本新聞社編『教育とわが生涯 小原國芳』 玉川大学出版部 1977年
  • 小原國芳著『教育一路』 玉川大学出版部 1980年
  • 小原國芳監修『學園日記』第1號 玉川學園出版部 1929年
  • 小原芳明監修『全人』第672号 玉川大学出版部 2004年
  • 『玉川学園報』第137号 玉川学園 1970年
  • 鎌田達也著『小田急線沿線の1世紀』 株式会社世界文化社 2009年
  • 永江雅和著『小田急沿線の近現代史』 クロスカルチャー出版 2016年