地球はわれらの故郷なり

2020.06.30

12の教育信条の「国際教育」の中にも謳われている「地球はわれらの故郷なり」は、チンメルマン博士が2度目に玉川学園を訪れた時に語られた言葉である。

1.地球はわれらの故郷なり

「地球はわれらの故郷なり」とは、創立者小原國芳の親しい友人であるスイスの教育家ヴェルナー・チンメルマン博士が2度目に玉川学園を訪れた時に語られた言葉である。そのことが、小原國芳著『教育一路』に次のように記されている。

「地球は、われわれの故郷である」とは、スイスのチンメルマン博士が昭和二十四年、二度目の来園をした時の言葉。宇宙時代にはいった今日、この言葉があらためて思い出されます。地球がすべての人々の故郷になるためには真の世界平和を実現しなくてはなりません。子供と教育とを通して、“世界仲良し”を実践してきました。洋の東西から年々、千名前後の研究者の来園です。
教育というものは、教室の中だけで行われるものでなく、地球上のあらゆるところが、宇宙のすべての場所が教育の現場でなければなりません。学生、生徒の国際交流はもとより、先生たちの交流にもつとめました。玉川学園ほど国際交流、国際親善に寄与している学校はない、と自負しております。

1949(昭和24)年11月、チンメルマン博士の2回目の来園時に

関連リンク

本学の12の教育信条にある「国際教育」の説明文にも「地球はわれらの故郷なり」の言葉が次のように使われている。

今、「地球はわれらの故郷なり」という広い視野と気概を持った国際人が求められている。語学の習得に満足することなく、豊かな国際感覚を養うため、地球のあらゆる場所で行えるany placeの教育を目指している。

関連リンク

2.海外公演による国際交流

(1)玉川学園メキシコ親善使節団

1960(昭和35)年、玉川学園創立者である小原國芳は、メキシコで行われた第3回国際大学協会総会に日本私立大学の代表として出席。その際に立ち寄ったメリダ市のメリダ大学(現在のユカタン州立自治大学)医学部付属のオーラン病院で、野口英世から直接指導を受けた同大教授たちより野口英世博士の記念像がほしいという依頼を受け承諾。この話を聞いた学生、生徒たちはお小遣いやアルバイト代を集め、また礼拝献金などを加えることで資金を作り、野口英世のブロンズ立像を完成させた。1961(昭和36)年3月2日、駐日メキシコ大使を玉川の丘に招き、全学園あげての銅像贈呈式を行った。その後、日本の外務省の協力を得てメリダ市に運ばれた銅像の除幕式が1961(昭和36)年6月25日に行われた。除幕式には、玉川学園メキシコ親善使節団(団長:小原國芳、教職員7名、研究生5名、大学生9名、高等部生9名、中学部生5名、小学部生4名の計40名からなる。副団長はメキシコ公演の総監督でもあった岡田陽)がメキシコ政府から招聘を受け参加。除幕式終了後には、学生、生徒、児童たちによる日本芸能公演「日本の日」が企画された。一行は「日本文化の夕べ」の公演で、日本の歌や演劇、伝統舞踊などを披露した。

除幕式で合唱する学生・生徒たち
大統領を訪問

関連リンク

(2)玉川大学演劇舞踊団のヨーロッパ公演旅行

1968(昭和43)年4月20日から6月21日までの約60日間にわたって、玉川大学演劇舞踊団29名(団長含む教職員7名、大学生21名、中学部生1名)は、第2回国際青年演劇祭への出演をきっかけに、アメリカ(アラスカ)、デンマーク、ドイツ、スイス、イギリスで23回の公演を行った。舞台公演の披露はもちろんのこと、学生交歓やヨーロッパ文化に触れることも目的であり、公演後イタリア、ギリシャの見学旅行も日程に組み込まれた。

ヨーロッパ公演に出発
バチカン宮殿にてローマ教皇と

関連リンク

(3)玉川学園舞踊団のギリシャ公演

1972(昭和47)年8月10日、玉川学園舞踊団はギリシャに出発。野外劇場オデオン座での公演を最初に、42名の一行は20数日間にわたる公演を行った。それは、ギリシャ古代劇場と日本民俗芸能との調和への挑戦でもあった。このギリシャ公演は、舞台公演の披露はもちろんのこと、現地の学生との交歓やギリシャ文化に触れることも大きな目的であった。

ギリシャ古典劇場における公演
公演終了後のフィナーレ

関連リンク

参考文献

  • 小原國芳著『教育一路』 玉川大学出版部 1980年
  • 玉川学園編『メキシコ親善旅行記』 玉川大学出版部 1961年
  • 岡田陽編『ヨーロッパ公演旅行記』 玉川大学出版部 1968年
  • 岡田陽編『南ギリシャを行く』 玉川大学出版部 1973年
  • 岡田陽「The World Known TAMAGAWA GAKUEN―玉川学園舞踊団ギリシャ公演記―」
    (小原國芳監修『全人教育』第279号 玉川大学出版部 1972年 に所収)
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史(写真編)』 玉川学園 1980年