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玉川豆知識 No.194

鹿児島県南さつま市坊津町久志にある小原國芳生誕地公園

玉川学園創立者小原國芳の生まれ故郷である鹿児島県南さつま市坊津町久志に、小原國芳生誕地公園があります。この場所は小原の生家跡地で、1967(昭和42)年に「小原國芳生誕の記念碑」が建立され、1976(昭和51)年には「子供たちが小原を囲む群像」が設置されました。それから34年後の2010(平成22)年、玉川学園創立80周年記念事業の一環として、公園と群像の整備改修が行われました。

1.小原國芳生誕の記念碑

記念碑除幕式

1948(昭和23)年に開校された玉川学園久志高等学校が創立20周年を迎えた1967(昭和42)年の第1回PTA総会において、小原國芳生誕の記念碑を建立することが全会一致で決定。坊津町、同窓会、振興会も動き出しました。そして同年9月28日に、創立20周年記念式の行事として、記念碑の除幕式が行われました。除幕式終了後、久志小学校の体育館において記念式典を開催。町をあげての大行事となりました。東京から玉川学園高等部の生徒40名もお祝いに駆けつけ、音楽、体操、舞踊を披露。この記念碑除幕式について、玉川学園機関誌『全人教育』第219号の小原楯夫氏(当時、久志高等学校主事)著「小原國芳学長誕生の地 記念碑除幕式」につぎのような記述があります。

久志の真中の通り、しかも丁度中心地に、屋敷の昔の門口には「小原國芳先生誕生の地の記念碑除幕式」と書かれた白幕が張られた。知事代理はじめ、県私立高校協会長、鹿児島商工高校長時任紹彦先生、町長外有志、すべての町の諸団体長、婦人会、各戸の家人たち、生徒の列は屋敷より道路まではみ出した。
     (略)
こうして要望通り、大記念碑は建てられた。
碑文「小原國芳先生誕生之地」また碑の裏面には「小原國芳先生を乗り越えて進む者出よ!」の激励が刻まれている。

建立された記念碑の前に立つ小原國芳

2.子供たちが小原國芳を囲む群像の設置

1976(昭和51)年11月14日、小原國芳生誕地公園に小原國芳生誕の記念碑に並んで等身大の子供たちが小原國芳を囲むブロンズの群像が設置され、除幕式が開催されました。なお、この群像を制作することになった経緯が、玉川学園機関誌『全人教育』第331号の猪木澄氏(当時、同窓会鹿児島県支部長)著「小原國芳先生 顕彰像の除幕式」につぎのように書かれています。

銅像建設の話がもち上がったのは、先生の米寿祝を挙行したいと計画を始めた頃からである。小原先生は日本の先生、いや世界の先生、しかし御郷里は鹿児島である。たとえ、どこでどのような盛大な米寿祝が行われようと、われわれは県独自のお祝をしてあげたい。同窓会から父母会へ、そして県下各界の有志によびかけようと話が煮詰った時、顕彰像が話題になった。しかし、ささやかな私たちの力では同時には無理であった。結局は米寿祝のあとに計画することになった。
たまたま先生のご出生地坊之津町に於ても、平行してこの話がもち上がった。急に機運は熟した。ことしにはいると、具体的な実施計画が出来、八月八日の同窓会、父母会合同の総会において、全会一致をもって建造の議が決定したのである。

子供たちが小原國芳を囲む群像

11月14日、午前11時、子供たちが小原國芳を囲む群像の除幕式がスタート。まず顕彰像設立実行委員長の長井正維坊津町長の挨拶、そして経過報告の後、神事。玉串奉奠につづいていよいよ群像の除幕。久志高等学校の生徒によるファンファーレを合図に、久志小学校・中学校・高等学校の各代表児童・生徒が真っ白な幕を引くと、美しいブロンズの群像が現れました。そして割れるような拍手の中、久志高等学校の生徒たちによる「栄光あれ」の合唱が始まりました。つづいて玉川太鼓。玉川太鼓が終わると、金丸三郎鹿児島県知事の祝辞、同窓会および父母会からの花束贈呈、三木武夫総理大臣(当時)をはじめ稲葉修法務大臣(当時)、山中貞則衆議院議員(当時)、森喜朗衆議院議員(当時)などからの祝電披露、小原國芳のお礼の言葉とつづきました。

久志の小・中・高生たちによって除幕された群像
久志高校生による「栄光あれ」の合唱

上述の猪木澄氏著「小原國芳先生 顕彰像の除幕式」に除幕式のことがつぎのように語られています。

11月14日、除幕式の日は、あいにく小雨が降り風が強かった。車が久志の町にはいった瞬間、まず驚いたのは、家に一軒もれなくその門に、国旗が掲げられていたことである。もう小原先生は、名誉町民とか郷土出身の大先輩とかいうものではない。生きたこの世の神様、全く神格化されているのである。
会場の公園地は先生のゆかりの地、りっぱな記念碑が建っており、それと並ぶようにして群像が位置するのである。前方は天下の絶景久志浦を一望におさめ、後方は久志の本通りに面し、ここ久志の町の中心地である。

記念碑(左)と群像

午前中の除幕式につづいて午後は、久志小学校の講堂に場所を移して祝賀会を開催。久志高等学校の生徒たちによる合唱、太鼓踊り、玉川太鼓、そして村の人たちによる合唱、さらには小原國芳による小原節まで登場し、盛大な会となりました。

久志高校生による勇壮な玉川太鼓の演奏
祝賀会

3.小原國芳生誕地公園と群像の整備改修

久志浦のきらめく海を臨む地にある小原國芳生誕地公園と群像の整備改修が完了して、2010(平成22)年7月29日に竣功式を開催。竣功式には、南さつま市の本坊輝雄市長のほか地元関係者約30名と、小原芳明理事長はじめ玉川学園関係者が列席。この整備改修は、公園の隣接地を所有されていた中村セツ氏がその土地を玉川学園に寄付してくださったのがきっかけとなっています。そして玉川学園創立80周年記念事業の一環として、その土地を活用することで公園の整備改修を実施し、群像の修復を行いました。

整備改修が完了した小原國芳生誕地公園
整備改修が完了した小原國芳生誕地公園

玉川学園機関誌『全人』第744号に群像の修復と陶板の設置のことがつぎのように記載されています。

群像は強い日差しと潮風で傷んでいましたが、像を保護するための立派な屋根が取りつけられ、また、小原國芳先生の教育者としての生涯を伝え残すための年譜を刻んだ陶板が設置されて、公園は新しく生まれ変わりました。

子供たちが小原國芳を囲む群像を保護するための屋根が取りつけられた
小原國芳の教育者としの生涯を伝え残すための年譜を刻んだ陶板が設置された

4.小原國芳生誕地公園前の道が「玉川学園通り」に

小原國芳生誕地公園のある南さつま市と学校法人玉川学園は、2012(平成24)年に包括連携に関する協定を締結。南さつま市民大学の受講生が玉川大学を訪れて講義を受けたり、坊津学園の生徒たちが久志農場(玉川大学南さつまキャンパス)で職業体験を行ったり、玉川大学との英語遠隔授業に参加したり。また、玉川大学芸術学部の学生たちが南さつま市で公演を実施したりしています。

市民大学の受講生が玉川大学を訪れて講義を受講
坊津学園6年生の校外研修(サトウキビ搾り)
坊津学園生徒の玉川大学との英語遠隔授業
玉川大学農学部生の実習(海の生物観察)

2023(令和5)年8月19日には、南さつま市いにしへホールにおいて232名の方々(南さつま市民138名、学友会鹿児島支部10名、玉川学園関係者84名)が参加して、包括連携協定締結10周年を記念したセレモニーが開催されました。玉川学園からは小原芳明理事長はじめ中学部生、高等部生、大学生、教職員らが参加。ふれあいコンサートでは、地元の少年少女合唱団と、玉川大学合唱団、玉川学園ハンドベルクワイヤが共演しました。

佐久間裕之教授の特別記念講演「小原國芳と久志」
玉川学園ハンドベルクワイヤの演奏
玉川大学合唱団の合唱
地元の少年少女合唱団との共演

翌日の20日には久志において「玉川学園通り」の除幕式が行われました。久志高等学校(1948年開校、1980年廃校)の生徒たちの通学路であった小原國芳生誕地公園前の約320メートルの市道が、包括連携協定締結10周年を記念して「玉川学園通り」と名付けられ、その道を玉川大学の学生たちが讃美歌を歌いながら歩きました。かつて久志高等学校の生徒たちが、クリスマス・キャロリングで讃美歌を歌いながらこの道を歩いたように。

玉川学園通りの案内板
玉川学園通り
玉川学園通りの説明看板
玉川通りを讃美歌を歌いながら歩く学生たち

参考 玉川学園と久志

  • 1887(明治20)年
    小原國芳が鹿児島県川辺郡西南方村久志に生まれる
  • 1948(昭和23)年
    玉川大学付属久志高等学校を開校
    「郷土に学校を」という小原國芳の念願が実現
  • 1978(昭和53)年
    鹿児島久志農場を開設
    ポンカン栽培およびタンカン試験栽培開始
  • 1978(昭和53)年
    農学部が久志農場特別実習を開始
  • 2018(平成30)年
    玉川大学南さつまキャンパス(久志農場)に宿泊研修施設「久志晴耕塾」が完成
玉川大学南さつまキャンパス(久志農場)遠景
久志晴耕塾

関連リンク

参考文献

  • 小原國芳監修『全人教育』 玉川大学出版部
        第219号(1967年)、第329号臨時増刊(1976年)、第331号(1977年)
  • 小原芳明監修『全人』第743号 玉川大学出版部 2010年
  • 小原楯夫「小原國芳学長誕生の地 記念碑諸幕式」(『全人教育』第219号 玉川大学出版部 1967年 に所収)
  • 猪木澄「小原國芳先生 顕彰像の除幕式」(『全人教育』第331号 玉川大学出版部 1977年 に所収)
  • 山田剛康「小原國芳生誕地公園整備改修で竣功式」(『全人』第744号 玉川大学出版部 2010年 に所収)
  • 南日本新聞2023年8月31日付「久志に『玉川学園通り』」 南日本新聞社 2023年

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