玉川豆知識 No.90

玉川学園での初めての礼拝

1929(昭和4)年4月8日の玉川学園開校式の翌日から塾生活が開始されました。先生方と塾生は、日の出とともに起床し、聖山に集まって、祈り、体操し、校歌を歌いました。それ以前に礼拝を行ったという記録がないことから、開校式翌日の4月9日から礼拝が行われたのではないかと考えられます。

1.村の第一夜から玉川学園開校式まで

『學園日記』第1號

1929年3月31日、玉川学園創立者である小原國芳の家族をはじめ教員の3家族や若い塾生など、あわせて20余人が玉川学園村に移り住みました。それは文字通り、移住というにふさわしいものでした。まだ玉川学園前駅も開業していませんでしたので荷物はトラックで、國芳らは長い道のりを歩いて村にたどりつきました。その村の第一夜の様子や、4月1日から4月20日までの記録が玉川學園出版部発行の『學園日記』第1號に記載されています。村の第一夜である3月31日から玉川学園開校式が行われた4月8日までの間の記述には礼拝を行ったという記録は見当たりません。

2.塾生活の開始とともに

昭和4年4月9日、聖山での朝の祈り

1929(昭和4)年4月8日の玉川学園開校式の翌日から塾生活が開始されました。この日から先生方と塾生は、日の出とともに起床し、直ちに聖山に集まって、祈り、体操し、校歌を歌いました。そのことが『學園日記』第1號につぎのように記されています。

四月九日(火)晴。今日より先生方及び塾生は日出と共に起床、直ちに聖山に集つて神を讃美し、祈り、體育し、校歌を高唱し、一日の仕事に着く。

朝の聖山での祈り

イデア書院発行の『イデア』第74号の「編輯室 のぶ子」にはつぎのように記述されています。

四月八日には開園入學式をいたしました。
   (略)
それから毎朝の行事は、五時に起床、聖山に登つて朝の祈禱と讃美歌を歌ひ、その後は塾生は夫々手分けして仕事をいたします。

以上のことから、記録に残されている初めての礼拝は、1929(昭和4)年4月9日早朝、塾生によって行われた聖山での祈りであると思われます。

塾生による聖山での祈り(昭和44年)

玉川学園創立の翌年、1930(昭和5)年6月、玉川学園で一番高い聖山の丘に礼拝堂の建設を開始。10月13日には、完成した礼拝堂の献堂式が行われました。礼拝、クリスマス礼拝、宗教講話など、折に触れて児童、生徒、学生、教職員は礼拝堂を訪れ、神を敬う心、感謝の心を育んできました。

礼拝堂献堂式

参考文献

  • 書上喜太郎「村の第一夜」(『學園日記』第1號 玉川學園出版部 1929年 に所収)
  • 小原信「編輯室」(『イデア』第74號 イデア書院 1929年 に所収)
  • 塾編集委員会編『玉川学園 塾の歩み五十五年』 玉川大学・玉川学園女子短期大学塾 1985年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史写真編』 玉川学園 1980年