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玉川大学・玉川学園学友会寄附講座:求められる報道とは―調査報道の意義をテーマに、元毎日新聞編集編成局長の小泉敬太氏が講演

2024.01.22

玉川大学・玉川学園学友会では、学生の広い視野や新しい視点を養うために、各界から識者を招いて寄付講座を開催しています。2023年度は、文学部国語教育学科の1年生を対象に12月9日、大学教育棟2014で実施しました。講師は、毎日新聞社で編集編成局長を務められた小泉敬太氏です。酒井雅子准教授からの紹介が終わると、小泉氏が笑顔で登壇しました。

本人にしか言えない言葉を聞き出す

慶應義塾大学法学部を卒業して毎日新聞社に記者として入社した小泉氏は、東京本社にて論説委員・社会部長・編集編成局長、中部本社にて代表を歴任し、38年間報道に携わってきました。「実は私、玉川大学にはちょっとした縁がありまして」と優しい口調で講演は始まりました。
中学校教師をやられていたお母様の教え子のひとりが酒井准教授だったこと、そして妹さんが玉川大学文学部芸術学科演劇専攻(現 芸術学部演劇・舞踏学科)の卒業生であることを話して、「入学前に母と妹と3人で玉川大学を訪れたとき、妹はこんな広大なキャンパスで勉強できるんだ、とちょっと羨ましくなりました」と話しました。

小泉氏が、新聞記者としての基礎を学んだのは仙台支局での5年間です。その後着任した八王子支局では高校野球を担当。1986年7月31日の朝刊紙面を壇上のスクリーンに映して、それが予選決勝戦で負けた主将と向き合い、時間をかけてインタビューした記事であることを説明しました。
「これを書いたとき、私は、本人にしか言えない、本人しか経験していない言葉を聞き出して記事にすることが、新聞記者の本当の仕事だと思いました。小さな囲み記事ですが、自分のやるべき道を初めて自覚した思い出の記事です」

そして、中学校・高校の教員をめざす学生たちに向けて、「先生は本当に大変な仕事ですが、その生徒にしかわからないことを聞き出してください。難しいと思いますが、いろいろな質問をしたり環境を変えたりするなど、工夫して子供たちの心を上手く聞き出して欲しい」と伝えました。

もっとも意義のある報道とは

話は本題に入っていきます。日本新聞協会賞を受賞した3つのスクープを紹介して「この中で一番意義のある報道はどれだと思いますか?」と穏やかに問いかけました。
映されたのは、NHKの「天皇陛下『生前退位』の意向」のスクープ(2016年度受賞)、読売新聞の「五輪汚職事件」を巡る一連のスクープ(2022年度受賞)、神戸新聞の神戸連続児童殺傷事件の全記録廃棄のスクープと一連の報道(2023年度受賞)です。どれもメディア各社がこぞって追随した大きな事件でした。

学生たちからは、「一番意義があると思ったのは、天皇陛下の生前退位。宮内庁から情報を取るのは難しいから」「五輪汚職です。税金が使われているので国民に直接かかわってきます」「家庭裁判所の記録廃棄は、私たちが身近に感じない問題を知らせてくれました」などの答えが返ってきました。
小泉氏は、「確かにそうですね。実は、どれが正解というのはなくて『すごい!』と思ったら意義があるんです。でも、私たち報道の立場からすると、一番は神戸新聞の記録廃棄になります」と話しました。

理由は、生前退位や五輪汚職は宮内庁や東京地検特捜部の発表によっていずれ明らかになりますが、家裁の記録廃棄は、神戸新聞が記事を書かなければ重大な少年事件の記録が捨てられていた事実を誰も知らないまま放置され、ほかの事件の記録廃棄も続いた可能性が大きかったから。報道をきっかけに、最高裁判所は各地の家裁を調査し、最終的には謝罪して再発防止策がつくられました。
「省庁や捜査当局が発表するより早く報道することも大切です。しかし、新聞社・テレビ局が自分たちの責任において、いろいろな問題を取材して解き明かしていくことが非常に大事なのです」
そして、こう言いました。「私たちはそれを調査報道と呼んでいます」

大きな力をもつ調査報道

調査報道には2種類あります。ひとつは埋もれている不正・不祥事を明らかにする「権力監視機能」、もうひとつは制度・慣習の矛盾・不公正を指摘し正していく「問題提起機能」。
「調査報道で不正を暴いてきた新聞社はたくさんあります」と言い、旧石器発掘ねつ造(毎日新聞2000年11月)、大阪地検特捜部のフロッピーディスク改ざん(朝日新聞2010年9月)、腹腔鏡手術による8人死亡(読売新聞2014年11月)、防衛省の適地調査のずさんデータ(秋田魁新報2019年6月)など、複数の紙面を紹介しました。

そして最後に映し出したのが、1枚の高齢男性のアップ写真(毎日新聞2023年4月)です。
「普通のおじいちゃんですが、この記事は2023年度新聞協会賞を受賞しました。なぜかわかりますか?」
それは、太平洋戦争末期の沖縄戦における集団自決の生存者の方の写真でした。10歳で父親に撲殺されかけたものの生き残り、米兵に救助されたそうです。そして、写真に写っている頭の傷を隠して生きてきたのだそうです。
「これは、沖縄にいる毎日新聞写真部の記者が、『集団自決があったことをきちんと報道して記録に留めたい』という思いで取材しました。写真1枚で、世の中にものすごく訴えかけています」

「悪い権力者たちがいるなら暴かなくてはならない」「世の中をちょっとでも良くしたい」という志をもった記者たちの集団が「新聞」だと小泉氏は言います。
しかし、新聞を読む人も制作に携わる人も減り続けています。小泉氏は、米国ロサンゼルス近郊のベル市で起きた事件を例に挙げ、新聞が無くなると権力監視や問題提起の機能が非常に弱くなる事実を伝えました。ベル市の事件とは、地元の新聞が廃刊になり、市役所に記者が誰も取材に来なくなって以降、市のトップが自身の給料を徐々につり上げ、メディアのチェックがないまま大統領の2倍もの高給取りになってしまったというものです。

報道を決して無くしてはいけない

最後に、小泉氏はジャニーズ事務所の性加害問題について、新聞社が報道してこなかったことに触れました。
「この問題は1999年から週刊文春が記事を書いていて、私もそういう見出しを見た記憶があります。しかし正直に言って、週刊誌がやっている芸能ネタと思ってまったく関心を寄せず、無視してしまいました。
いまさらですけど、神戸新聞の記録廃棄と一緒ですね。もっと早く新聞社などが取り上げていれば、少なくてもあの時点でおぞましい性加害は止まったと思うんです。どこも追随しなかったことで、そのまま続けられてしまった。当時、社会部のデスクだった私は反省しなくてはなりません。痛恨の思いです」

ジャニーズ事務所の性加害問題と非常に似ている問題が米国でも起きているとして、「スポットライト 世紀のスクープ」と「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」という2本の映画を紹介しました。どちらも記者が活躍して社会が変わっていった実話です。米国の新聞にできた調査報道が、日本ではできなかったことが悔しいと小泉氏。ぜひ学生のみなさんに観てほしい作品だと話しました。

報道を決して無くしてはいけない、それが、今回の講演で私たちに伝えられた小泉氏の強い思いです。
「調査報道が社会の役に立っていることを覚えておいていただき、新聞の役割を身近に感じてください」と小泉氏。そして、「新聞社にとって読者の信頼が一番大事です。みなさんが新聞の良き理解者になっていただければと思います」と講演を締めくくりました。

学生と小泉氏のQ&A

講演を終えて、学生たちからさまざまな質問が出ました。

Q ネットのニュースと新聞の違いを教えてください。
A 新聞の1面にはもっとも大きなニュースがあり、日本と海外のいまの問題がいっぺんに入ってきます。全部細かく読まなくても見出しでわかりますよね。さらにページをめくれば、政治、経済、社会、スポーツ、芸能などの話が20数ページに詰まっている。その日の世界のことがわかるんです。ネットの場合、興味のあるところだけをクリックすると思います。得る情報に偏りが生じるのではないでしょうか。

Q 高校から野球部にかかわっているのですが、たまに取材で言っていないことを書かれてしまいます。小泉さんが記事を書くうえで大切にしていることは何ですか。
A 話していないことを書かないのは大前提ですが、ニュアンスの受け取り違いは生じるかもしれません。私の場合は、できるだけ取材したときに「こういうことでいいですか」と確認するようにしています。

Q 記事はどれくらいの時間をかけて書くのですか。
A 逮捕、辞任、死去などは素早く書かなくてはなりません。昔は朝刊と夕刊それぞれの締め切りに間に合うように書いていましたが、いまはネットにも流すため、それこそ5分、10分で書くときもあります。一方で、調査報道は何週間も何か月もかけます。自分たちの責任で報じるため、「これでいいか」というところまでたっぷり時間をかけます。

Q 偏見をもたないことは教師になるうえで大切だと思っています。公平・公正を日常的に意識するために、どんなことをされましたか。
A 差別用語などを学ぶ記者教育は最初にありましたが、その後は取材をしながら自分で学んでいきました。何が公平で何が公正といったマニュアルは無いに等しいのではないでしょうか。いろいろな本を読むなどして、知識をたくさん身につけていくことが大切だと思います。

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