玉川学園創立50周年記念行事

2018.06.18

1980(昭和55)年10月28日、常陸宮殿下、同妃殿下の御台臨を仰ぎ、日本武道館において13,000名が一堂に会し、創立50周年記念式典を開催した。また、同日、ホテルニューオータニにおいて、記念祝賀会および教育博物資料展示会を開催。1980(昭和55)年度には、この他、さまざまな記念行事が行われた。

1. 玉川学園創立50周年記念式典

1929(昭和4)年に誕生した玉川学園の創立50周年記念式典は、1980(昭和55)年10月28日に、日本武道館において13,000名が一堂に会して開催された。奥野誠亮法務大臣、三木武夫元内閣総理大臣、オットー・フリードリッヒ・ボルノー教授、シュテファン・クルッケンハウザー教授、ヴェルナー・チンメルマン博士をはじめ国内外より多くのお客様、および教職員、父母、同窓生が出席。さらに、小原哲郎学園長が、この記念式典には誰よりも出席させたいと強く主張していた約9,000名の園児、児童、生徒、学生たちも参加した。

開式前に、玉川学園の歴史を通して歌い継がれてきたメロディーがエレクトーンにより演奏され、やがてごく自然に、児童も生徒も学生も、そして同窓生も一緒に歌い始める。そして、式開始の午後2時。場内の明りが消えて、3階席前方に立つファンファーレ隊にスポットライトがあたる。明るく響き渡るトランペットの音色。

明りが再びつくと、小原哲郎学園長の先導で、常陸宮殿下、同妃殿下が舞台上にお立ちになる。舞台後方の幕が上がるとオーケストラの学生たちが登場。国歌を演奏。高等部生の指揮で、列席者全員で国歌斉唱。生徒、学生たちは四部で歌う。国歌が終わり、両殿下は舞台下の来賓席に移動される。

つづいて中学部生によるハンドベルの演奏。いよいよ音楽、朗読、舞踊によって構成された「玉川開拓史」の始まり。小学部の合唱隊が登場し、ハンドベルの清らかな調べと子供たちの歌声の中、朗読者が玉川開拓史を語り始める。ハンドベルの音色が消えると、シンセサイザーのサウンドが流れる。そしてドライアイスの霧が舞台を包み、児童、生徒、学生の舞踊チームが登場。夢の学校建設のために、小原國芳夫妻をはじめ移住者たちが砧村より玉川の丘を目指すところから、創立50周年を迎えた今日までの開拓史が演じられる。

開拓史の後は、中学部生の指揮で学生歌の全員合唱。この間に両殿下が舞台上の御席に御着席。そして小原哲郎学園長の式辞。

本日は私共玉川学園創立五十周年記念式典に、常陸宮殿下、同妃殿下をはじめ文部大臣、私共と縁の深い外国大公使閣下、政界、財界、教育界の代表の方々、及び内外の名士、名誉教授各位をお迎えして盛大に挙式できます幸せを有難く感謝申し上げます。
    (略)
さて、大宇宙の尺度から見れば、我々の五十年はあまりにも短く瞬時と申してよいかも知れません。しかし、その短い時間しか生きられない我々からすれば、五十年の一日一日はまことに多事多端でありました。喜びと悲しみ、楽しさと苦しさ、憩いと闘い、毎日がその連続であったと申せます。今日まで生きつづけてこれた背後には、大勢の方々のご好意がありました。ご指導下さいました方、力を寄せて下さった方、信じて下さった方、苦しみを共にして下さった方、皆様方のお蔭です。
    (略)

―玉川学園機関誌『全人教育』第389号より―

次いで常陸宮殿下のおことば。殿下は、玉川学園創立三十周年を記念して上演された九段会館での学校劇『青い鳥』を観劇された思い出や、甥君が玉川大学に在学されたこともあり、日頃から玉川学園の教育を大変身近なものに感じておられることなど、人間味あふれる内容の御言葉を述べられた。

つづいて、国会のためご来場ねがえなかった田中龍夫文部大臣の祝詞を、石橋一弥政務次官が代読。その後、大学生の指揮により、小学生から大学生までが、オーケストラの伴奏でベートーヴェンの「第九シンフォニー」をドイツ語で合唱。そして、小学部生の指揮で玉川学園校歌を歌う。校歌が終わると舞台下に並べられた18台の祝太鼓を大学生が打ち鳴らす。太鼓が終わると、拍子木を持った2人が登場し、太鼓も加わり、全員で三三七拍子の手締め。オーケストラがヘンデルの「水上の音楽」を奏で、両殿下が御退場され、式典は幕を閉じた。

2. 記念祝賀会および教育博物資料展示会

記念式典の後、ホテルニューオータニに移動して祝賀会を開催。祝賀会の開催までの時間を利用して、同ホテル鳳凰の間に展示した教育博物資料を見学していただく。本学には教育史資料、民俗資料、書画、宗教画、古文書、教具、学園関係資料など約5,000点を超える資料が収蔵されている。今回はそのうち、宗教画、学者・教育者の墨蹟、小原國芳の書画、玉川学園構内で出土した縄文土器など約100点を展示。

記念祝賀会の開宴は午後5時から。同ホテルの芙蓉の間が会場。約900名が参加。まず最初に小原哲郎学園長がお礼の挨拶。つづいて、田中龍夫文部大臣、石川忠雄慶應義塾大学塾長、三木武夫元総理大臣、テュービンゲン大学名誉教授で前ドイツ教育学会長のオットー・フリードリッヒ・ボルノー教授(玉川大学名誉教授)の祝辞。そして、文部大臣もつとめたことのある奥野誠亮法務大臣の音頭で乾杯を行う。

次いでこの記念式典のために海外からはるばる出席された来賓の方々の紹介があった。オーストリアからは、ヨーロッパスキー界の長老でオ―ストリア国立スキー学校長のシュテファン・クルッケンハウザー教授(玉川大学名誉教授)夫妻。スイスからは、小原國芳の友人で教育家であるヴェルナー・チンメルマン博士(玉川大学名誉教授)夫妻と令息。デンマークからは、玉川の姉妹校であるオレロップ体操アカデミーのヨハネス・ニールセン理事長夫妻とグナー・ハンセン校長夫妻。アメリカからは、高等部の交流校であるハーバードスクールのクリストファー・ベリスフォード校長とアメリカ蜜蜂研究の第一人者でカリフォルニア大学名誉教授のハリー・レイドロー教授夫妻。カナダからは、カナダ法人玉川学園の顧問をしてくださっているトマス・スプラッグ弁護士夫妻と、カルガリー大学のウォード・K・コール教授夫妻とマーチバンク・サーモン教授。イギリスからは、ロンドン大学のジェイムス・ヘンダーソン教授。

祝賀会の余興は、玉川大学文学部芸術学科演劇専攻の1年生による「玉川祝いばやし」。お開きは、衆議院議員で自由民主党副幹事長および文教部会長である森喜朗玉川学園高等部父母会長の音頭で万歳。時は、午後7時を過ぎていた。

3. 記念行事

行事名開催日会場
1980
(昭和55)年
 大学美術展 4月22日~27日 東京セントラル美術館他
通大 学校劇特別研修 8月 2日~ 3日 都市センター・ホール
 通大祭 8月16日 玉川大学
 舞踊発表会 9月14日~15日 都市センター・ホール
 小学部展 9月20日~21日 玉川学園小学部
 体育祭 10月 5日 玉川学園大グラウンド
 記念式典 10月28日 日本武道館
玉川学園音楽の集い
  合唱演奏会
  オルガン演奏会
  吹奏楽演奏会
  特別演奏会

10月 9日
10月17日
10月25日
10月31日

都市センター・ホール
神奈川県民小ホール
虎の門ホール
新宿文化センター大ホール
 コスモス祭 11月 1日~ 3日 玉川大学
 収穫祭 11月22日~23日 玉川大学農学部
 音楽祭 12月 5日 立正佼成会普門館
クリスマス合同礼拝 12月18日 玉川学園大体育館
 中学部・高等部展 12月20日~21日 玉川学園中学部・高等部
1981
(昭和56)年
 玉川学園美術展 2月13日~18日 新宿小田急デパート11階
 演劇発表会 2月28日~3月1日 朝日放送・ABC会館ホール
体育祭
合唱演奏会
オルガン演奏会
吹奏楽演奏会
特別演奏会
音楽祭(小学部の合唱)
音楽祭(高等部の合唱)
音楽祭(中学部の合唱)
玉川学園美術展
小学部1年生共同制作「おとぎの国」の前で
玉川学園美術展
大学生の展示で、手前は「使い捨ての椅子」
玉川学園美術展
幼稚部園児が描いた作品
玉川学園美術展
高等部生による織物と陶芸作品
玉川学園美術展
中学部3年生製作のバイオリン
演劇発表会・第1幕
俊徳丸に毒酒を飲ませた玉手御前
演劇発表会・第3幕
念仏おどり
演劇発表会・第5幕
父合邦の刃を受け、事の真相を明らかにする玉手御前

4. 建物建設

記念グラウンド 1983(昭和58)年10月10日完成
記念体育館 1983(昭和58)年10月10日完成

5. 刊行物

小原國芳選集(全6巻) 玉川大学出版部発行
  • 第1巻 『教育の根本問題としての宗教』
  • 第2巻 『教育の根本問題としての哲学』
  • 第3巻 『全人教育論・思想問題と教育』
  • 第4巻 『教育改造論・自由教育論』
  • 第5巻 『道徳教授革新論・学校劇論・理想の学校』
  • 第6巻 『母のための教育学・教育立国論』
玉川の教育
  • 『玉川学園小学部全人教育の実践』 玉川大学出版部発行
  • 『玉川学園中学部全人教育の実践』 玉川大学出版部発行
  • 『玉川学園高等部全人教育の実践』 玉川大学出版部発行
記念論文集
  • 『記念論文集Ⅰ』(文系) 玉川学園創立50年記念論文集編集委員会編集
  • 『記念論文集Ⅱ』(農・工系) 玉川学園創立50年記念論文集編集委員会編集
『玉川学園五十年史』 玉川学園五十年史編纂委員会編集
『玉川学園五十年史(写真編)』 玉川学園五十年史編纂委員会編集

6. 新しい愛唱歌

「玉川の丘ではじめて歌われた歌が、やがて日本の歌になっていくような新しい愛唱歌の誕生を期待したい」と作詞・作曲の募集を呼びかけ、小学部生、中学部生、高等部生、大学生、教職員を含めて80点の意欲的な作品が寄せられた。審査の結果、入選が6点、佳作が14点。入選作は以下のとおりである。

  • 「歌おう我らの歌を」  文学部芸術学科1年生(1名)
  • 「丘<丘の四季>」   小学部5年生(1名)
  • 「光る塾生<光る丘>」 中学部教員(2名)
  • 「ともだちマーチ」   小学部4年生(1名)
  • 「はるかなる丘に」   高等部3年生(2名)
  • 「若人讃歌」      高等部3年生(3名)

7. 教育博物資料の充実

創立50周年記念事業の一環として、江戸・明治期の教育学者の墨蹟、宗教教育のためのキリスト教絵画、イコンを中心に137点の資料を収集した。また、父母や卒業生その他からも貴重な資料が多数寄贈された。

8. 映画「玉川学園五十年」

1980(昭和55)年4月8日の「教職員の集い」で、完成した映画「玉川学園五十年」を上映。多くの教職員から、次のような感想が寄せられた。

「よくぞ、開校当時の教育場面や、ハンネス・シュナイダーおよびニルス・ブック一行を招聘したときの映画フィルムがありましたね。玉川教育開拓の槌音が聞こえるようだ!」

関連関連サイト

参考文献

  • 小原哲郎監修『全人教育』 玉川大学出版部
    • 第386号(1980年)、第387号(1980年)、第388号(1980年)、
    • 第389号(1980年)、第390号(1981年)、第391号(1981年)、
    • 第392号(1981年)、第393号(1981年)、第423号(1983年)
  • 白柳弘幸著『故きを温ねて』(『全人』第651号 玉川大学出版部 2002年 に所収)
【臨時増刊/創立50周年記念事業特集】
  • 小原國芳監修『全人教育』 玉川大学出版部
    • 第325号(1976年)、第329号(1976年)、第333号(1977年)、
    • 第337号(1977年)、第341号(1977年)
  • 小原哲郎監修『全人教育』 玉川大学出版部
    • 第351号(1978年)、第358号(1978年)、第359号(1978年)、
    • 第363号(1979年)、第369号(1979年)、第375号(1979年)、
    • 第379号(1980年)、第385号(1980年)、第424号(1983年)