工学部大森研究室で開発した人工知能センサが玉川学園内で稼働、「見えない力」の「見える化」をめざす。

2020.04.28

人工知能の導入は社会の大きな流れであり、新しい製品・方法が私たちの生活の中に浸透しつつあります。たとえばスマホの音声対話、インターネット検索の高度化などはその典型です。その流れは教育分野にも及んでいます。過去の多くの生徒のテストの間違いパターンを学習し、いま勉強をしている子どもの間違い方から理解不足のポイントを推定し、適切な学習課題を示してくれる人工知能(AI)は、いまでは塾だけでなく公教育にも導入されようとしています。この方法はBD(ビックデータ)とAI解析により、ペーパーテストなどで数値化された学習習熟度にもとづき、「知識・技能」のような測れる能力の育成が可能です。例えば、英単語をどこまで獲得しているか、数式をどう理解しているか、などです。また、このような知識が特定の授業の方法で変化したか、という教授法の評価にも使えます。

一方で、教育の目指すものは知識などの見える能力の育成だけではありません。それは「心情・意欲・態度」といった学習の背後にある人間性の基盤的能力、つまり「人間力」の育成です。「人間力」は解釈が難しく、数値化も困難な「見えない力」です。例えば、問題にぶつかったとき、めげずに挑戦し、工夫して、相談して、協力して、最後までやりとげる力。このような能力は、「非認知能力」とも呼ばれ、人の生涯に大きく影響する能力としていま注目されています。

図1 開発した行動センサシステム

この「見えない力」である非認知能力、は、小学校に上がる以前の保育期などの早期教育段階の良好な環境が影響し大きく成長すると言われています[中室2015]。しかし、この「見えない力」を育てる良い環境とはどのようなものなのか、現時点では科学的に解明されていません。もちろん、保育者・先生たちは自分の経験や直感に基づく方法でそれを育てようと努力しています。しかし、それらの方法は多くの先生や保育者が共通に納得・理解できる客観性のある科学的な裏付けがあるわけではありません。

それができない理由は、子どもの「見えない力」の成長とその環境との関係についてのデータがないことです。「見えない力」を構成する個々の要素はテストでは測れません。現在、子どもの行動や環境との相互作用を定量化する方法は、人間の手による目で見た観察の記述に頼っています。そのため、子どもの行動のデータ化には大変な労力が必要であり、そこがボトルネックとなって研究がなかなか進みません。逆に、データがあれば最近のBDやAIには多くの手法があり、子どもの「見えない力」を育てる環境・活動の探索が可能になります。

図2 小学校の教室の観察事例

そこで、玉川大学工学部大森研究室では、子どもの行動をデータ化するための人工知能センサを開発し(図1)、玉川学園の幼稚部・低学年(小学1-2年生)の英語教室に設置しました。そして、教育活動中の子ども達と先生の振る舞いを定期的に観察し(図2)、そこから個々の子どもの行動データを取得して、分析しようとしています。

この研究でいま目指しているのは「関心」の分析です。関心とは、人が何らかの対象に価値を感じて、それをもっと観察しようとする行動です。関心の次には行動が続きます。子どもの関心の対象は、その心の成長とともに変化します。その対象とのかかわり方を継続して観察すると、その子どもの心の成長の過程が見えるだろう、というのが予想です。

図3 観察された子ども達の位置と視線。青い線は顔の向き、赤い線は視線。視線は先生の位置に集中している。

そして何より、「関心を示す行動」は外から観察して分かります。私たちは、関心があればその対象を注視します。その子どもの位置と視線がわかれば、その子どもが何を見ているかが分かります。私たちの研究では、特定の対象を3秒間見続けているときには、約67%の確率でその子どもの関心対象を推定できました。すなわち、子どもの位置と視線を測ればよいのです。

私たちが開発したセンサは、高精度のステレオ画像を連続して取得する計測システムです。計測システムの設置から本格計測までには1年を要しましたが、現在では子どもの位置と視線についての高精度で自動的な計測が実現しました。視線の検出技術には、現在、日本電気株式会社(NEC)バイオメトリクス研究所様のご支援により、世界トップレベルの視線検出技術を使わせていただいています。同時に、AI技術により画像中の子どもの身体の姿勢の計測も行っており、これで一人ひとりの子どもが何に興味をもって、何をしているかを推定できるでしょう。

図4 幼稚園での絵本読みの場面。子ども達の姿勢、視線を見ると、子ども一人ひとりの活動への参加の様子が判る。

これにより、それぞれの子どもが、何を見ていて、何をしているか。さらに先生はどこにいて、だれを見ていて、何をしているか。そしてクラス全体として今は何をしているか。これまでは人間が一つ一つ記述しなければならなかった、このような教室の様子が自動的にデータ化されます。そのデータを用いての分析はこれからですが、保育室や教室の中で起きていることが「見える化」され、結果を先生にフィードバックすることで、保育/教育活動、そして個々の子どもに適した支援/教育の充実が期待できます。

ここまでの研究成果については本年6月に開催予定の日本人工知能学会全国大会にてオンライン発表の予定です。そしてこの研究の延長には、子どもの「見えない力」を育てる教育環境の理解と解明への探求、つまり「見えない力」の育ちの「見える化」が始まろうとしています。

本研究は、産業技術総合研究所人工知能研究センターおよび新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援(2015-2019)にて行われました。計測システムの開発は、多くの方々のご協力により実現しました。玉川大学学内では、教務課、タマガワイーサポート、工学部エンジニアリングデザイン学科の方々。さらに学外では、BRAINMAGIC社、山口商会などに柔軟に対応いただき、関係者一丸となってのゼロからの開発でした。そして、幼稚部および小学部低学年部の職員、保護者の皆さまの承認をいただき、3年間の開発検証プロセスを経て玉川学園の幼稚部と低学年1-2年生の英語教室での計測の実現に至りました。まさに、「教育総合学園の玉川」だからこそできるプロジェクトでした。

今後は、2020-2022年の間はキヤノン財団からの研究支援により、非認知能力の解明と環境の影響の研究を継続していく予定です。そして2022年には、この装置が保育所・小学校の教室などで保育・教育実践および研究支援に使われていることをめざしています。この活動を通して我々は、次の100年にむけた「教育の未来」の姿を描きたいと考えています。

参考文献

中室牧子:「学力」の経済学、ディスカバー・トウェンティワン,2015